貧乏姫でもいいですか?(+おまけ)
目の端で距離を測りながら隅を歩くうち、何もなく通り過ぎてしまった。

角を曲がってホッと胸を撫で下ろす。
と同時に、切ないような悲しいような気持ちが胸の奥で疼いた。

濡れ縁に、微かに残る伽羅の香り。

どうかいつまでも消えないでと思いながら、振り返る勇気はなかった。

『初恋なのね』
緑子がそう言った通り、これが恋なのだと思う。

万に一つも、この恋が実る可能性はない。
一方的な片思い。

たとえそうであってもこの胸のときめきを経験することができた。
それだけでも、よしとしようと思った。

邸の前で道行く公達を覗き見しているだけでは、こんなに素敵な人に出会う事はなかっただろうから。

――ん?
そういえば確かここが校書殿のはず。
頭中将も校書殿に用事があったのだろうか?

そう思いながら角を曲がったところで、花菜は立ち止まった。
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