悪役令嬢、乙女ゲームを支配する

 当然リリーの目の前に立っていると思われていたアルは、まさかの私の目の前に立ち私に手を差し出している。
 これには令嬢だけでなく使用人もみんな驚いていて、言葉も出ないのか広間は一瞬にして静まり返り、聞こえるのはお構いなしに流れ続けるワルツだけ。

 私が横にいるリリーを気にしていると、リリーも少し驚いた顔をしていたがすぐ笑顔に戻り

「じゃあ、わたしはロイと踊ろうかしら」

 そう言って、近くにいたロイの腕を引き、空気を読んだのか私とアルから離れて行った。

 さすがにもう逃げられないことを悟った私は、嫌々アルの手に自分の手を重ねる。
 アルは嬉しそうに笑い、私を広間の中央までエスコートしてくれた。
 その様子を他の令嬢達は奇異の目で見ている。

「どうして私なのよ。嫌がらせ?」
「悪さをするのはマリアの特権だろ? 僕は純粋に君と踊りたいだけだよ。それに、この会場で一番僕の黒い衣装に合いそうな素敵な色のドレスを着てくれていたしね」
「……だとしたら私はドレス選びを間違えたようね」

 小さな声で話しながら歩いていると、ピタリと足が止まりゆっくりとホールドの姿勢に入る。
 
「ちょっと待って、私ダンスとかよくわからないんだけど……」
「大丈夫。僕がついてる。僕に任せて、マリア」

 アルの指示通りに腕を回していくと一気に近づきすぎる二人の距離。
 ぴったりと密着するお腹に抵抗を見せ離れようとすると、逆にぐっとくっつくように押さえられる。

「近すぎ! 離れなさいよ!」
「こうしなきゃ踊れないんだから仕方ないだろ? ほら、始まるよ」

 曲が最初から流れ出したタイミングで、周りも一斉にステップを踏み始めた。
 小さい頃一度だけ社交ダンスを習わされた時の記憶を引っ張り出し何とか形になるよう踊っていると、アルが驚いた顔をして私を見る。

< 51 / 118 >

この作品をシェア

pagetop