ふりむいて、好きって言って。(仮/旧:三神くんは恋をする)
「あの……まだ何か……?」


三神くんが、私の顔をじっと見つめる。


「いいんちょー髪切った?」


へ?髪?


右手で頭を抑える。


「……切りました」


「ふーん。いんじゃね」


そう言うと、三神くんはあっさりと私の手首を離した。


そのまままた机に突っ伏してしまう。


“いんじゃね”


それを言うために、わざわざ声を掛けてくれたんだろうか。


三神くんの手の熱が、言葉が、まだ私の中に残ってる。


トクトクと音を立てて、血が身体中を駆け巡る。


たった一言が、こんなにも嬉しいなんて。


「いいんちょーチャイムなってるよー」


「あ、うん!ありがとう」


近くにいたクラスメイトの声にハッとして、慌てて自分の席に着く。


「うわ、いいんちょー顔真っ赤!なに、どうしたの」


隣の席から覗き込まれて、私は両手で頬を押えた。


指の先に一瞬で熱が走る。


「ちょっと暑くて……」


「いやいや、まだ5月なんだけど」


「いいんちょー風邪引いてんの?」


騒ぎ出した周囲に大丈夫だと笑ってみせるけれど、顔の熱は暫く引かなかった。


先生を待つ間、三神くんの声が耳を掠めた。


「篠宮、いいんちょーって苗字なんだっけ。つかいいんちょーって呼びゃよかったのか。いいんちょーがいいんちょー過ぎていいんちょーだわ」


「は?何言ってんの帆貴」


なんだ。苗字をど忘れしたのか。


みんな“いいんちょー”って呼ぶものね。


少し寂しい気もしたけれど、和香ちゃんも髪を褒めてくれたから、私の心はいつもよりちょっと上機嫌になった。
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