15年目の小さな試練
 小学一年生の時の一ヶ月なんて習った内に入らないから、わたしは完全な初心者だ。そんな訳で、晃太くんの褒め言葉のすべてを本当だとは、とても思えない。

 だけど、それでも、やっぱり嬉しかった。

 晃太くんはきっと先生に向いている。小さな子どもだったら、嬉しくなって、もっともっと褒めてもらおうと思って頑張ると思う。で、頑張った結果、きっと楽しみながら上手になるんだ。

 教えてもらいながら、たどたどしいながらも、何とか最初のページを弾けるようになった辺りで、ダイニングに繋がる引き戸が開かれた。

「晃太さん、お嬢さま、お食事の準備が整いましたよ」

 沙代さんのそんな言葉に手を止める。

 時計を見ると、ちょうどレッスンスタートから三十分が経っていた。
 晃太くんのピアノ教室は三十分のお約束。だから、沙代さんは多分、終わりの時間に合わせてご飯を準備していて、そして、延長しないように声をかけてくれたのだと思う。

 わたしが疲れないように……だよね。

 もしかしたら、カナに頼まれたのかも知れない。

 晃太くんがわたしの後ろから、

「ありがとうございます」

 と明るい声で返事をした。

「じゃあ、今日はここまでにしようか」

 次いで、晃太くんはわたしに視線を移してレッスン終了を告げた。

「はい」

 ゆっくり立ち上がって、ぺこりと頭を下げる。

「ありがとうございました」

 すると、晃太くんは嬉しそうに笑いながら、楽譜を閉じてピアノの上に置き、慣れた仕草で鍵盤にフェルトを乗せた。慌てて手伝おうとすると「大丈夫」と笑顔で断られる。

 ……反省。次からは、自分でちゃんとやろう。
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