15年目の小さな試練
 そして今。放課後の自宅で、ハルはもらってしまった新しい課題に向かっていた。
 向かってはいるが、ハルの視線は最初のページで止まったまま、シャーペンを持った手も止まっている。

 熱はないし、呼吸状態も悪くはない。だけど、顔色は良くなかった。普通に生活できるまで体調が戻ったからって退院したところなのに、もう疲れがたまってきている。

 こんな事を続けていたら、高熱のせいで食事も取れなくて、すっかり体力が落ちたハルの身体はもたないだろう。せっかく退院したのに、またすぐに入院する羽目になる気がしてならない。

「ハル」

 開いてはいるがまともに課題を読めていないらしいハルを見て、オレは意を決して声をかけた。だけど、何を考えているのか、ハルにオレの声は届かなかった。

「ねえ、ハル」

 もう一度、呼びかけると、ハルはようやくオレの方に視線を向けた。

「山野先生に言って、個人課題は止めてもらおう」

 兄貴に忠告されたからと言うのもあるけど、それ以前に、もう見ていられなかった。

 もう十分、先に進んでる。

 前期どころか後期まで合わせた今年の残りの授業をすべて休んだって、ハルの成績がトップクラス、と言うか断トツトップなのは変わらない気がする。それくらい、ハル一人全く違う次元の課題をもらっている。いや、やらされている。

 さすがに、これは行き過ぎだろ?



「そんなに奥様が心配? 牧村さんてば愛されてるわね~」

 少し前、オレが、ハルは体調が良くなくて休んでいるから、課題は遠慮したいと伝えた時に返された言葉。

 山野先生はクスクス笑っていた。
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