15年目の小さな試練
「カナ」

「ん?」

「あのね、わたしのことはいいの」

 不意に我に返ったらしく、ハルの表情が固くなる。

 あ、電話の冒頭のハルだ。

 だけど、

「よくないって!」

 オレ、ここは譲れないよ?

「えっと、だから、あのね……無理はしてないから、そこは大丈夫だから」

 オレの語気の強さにひるんだのか、ハルは困ったように語調をゆるめた。

「だったらいいんだけど」

「だからね、わたしは元気だし、ちゃんと勉強だってできてるから、カナは自分の身体の事だけを考えて? ね?」

「えーっと」

 困った。

 だって、本当に思い浮かばないんだ、ハルのことで頭がいっぱいじゃない自分が。

「とにかく、明日から、わたしの事で何かするの禁止!」

「え!? ハル!?」

「晃太くんにお願いするのも禁止」

「いや、だってハル!」

「ダメ」

 ちょっと! 兄貴! これ、どうしたらいいの!?

「本当はね、送り迎えとか、お昼休みを付き合ってくれるのとか、全部いらないって晃太くんにも話したの」

「あ、あのね、ハル……」

 それはダメだよ。ハルが一人になる時間は絶対に作りたくない。

 急に具合が悪くなった時に、側に誰もいなかったら、事情が分かった人がその場にいなかったら、一歩間違うと命取りだ。

 ハルはたった一週間だと言うだろう。自分で気をつけるから大丈夫だと言うだろう。

 でも、去年、手術の前の時期、ハルは一人歩きを禁止されていた。人目のないところに一人では行かないようにと言われていたんだ。何かあったら命に関わるからって。

 今はそこまでは言われていない。
 だけど、高一の春、校舎裏で一人倒れていたハルが脳裏に浮かぶ。中一の冬、ハルが一人倒れて肺炎を起こしたのを思い出す。どちらも、ハルの体調が特別悪くはない時のことだ。

 オレは自分が過保護なのも心配性のも分かってる。だけど、それは決して的外れなものじゃないんだ。

 そして、オレの心配を正直にハルに言ったら、きっとハルに辛い思いをさせてしまう。ハルは誰かの自由を奪うのを嫌がるだろうから。
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