ぜ、ん、ま、い、と、あ、た、し
「あるこー、あるこー。わたしはー、げんきー」という歌が口を継いで出た。

「あるくの、だいすきー。どんどんゆこう」

歌のリズムに合わせながら、何かに突き動かされるように手足を運んだ。

喉が渇いたら小川の水をがぶ飲みし(大腸菌の危険性など頭から消えていた)、疲れたら草の上に大の字になって寝転がった。

何という幸福感。満ち足りた気分だった。

鼻から思い切り息を吸い込む。排気ガスも汚染物質も含有していない純粋な空気だ。

生まれて初めて気体を味わった。

紺碧の空を仰視し、空色とはこういう色を差すのだと知識を深めた。

高い位置に浮かぶ雲と、低い所を漂う雲とでは、流されていくスピードが違うのだと今まで知らなかった。

空って立体的だったんだ。

「あー、天国って最高」

独り言にしては大きなボリュームであたしは喋った。

新しい真っ白な体を手に入れた気になり、心が軽かった。

さよなら、汚れたあたし。あたしは今生まれ変わって、産声を上げたばかりなんだ。

「おぎゃー、なんちゃって。あははは」

どう大目に見ても完全なる躁状態だったが、当のあたしは無自覚だった。


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