ぜ、ん、ま、い、と、あ、た、し
日が暮れる頃になって、小川の先にある林の中に家が建っているのが見えた。

白い壁に茶色の屋根、可愛らしい小さな平屋建ての家だ。木の柵に囲まれた畑もある。

抜き足差し足で、柵まで辿り着く。不可解さよりも好奇心が勝った。

家の窓には人影一つなく、明かりも灯っていなかった。

空き家なのだろうか。廃屋には見えないが、人の動静もない。

畑には縁がギザギザの葉っぱに埋もれるように、赤い実がたわわに生っていた。

熟れたイチゴだ。

見ているうちに、食したい欲望が生唾と共に湧いた。

あたしは嚥下出来ると経験から知り得ていたし、味覚を感じる舌もあった。

いかにも挙動不審に辺りを窺う。

少しくらいなら。誰もいないし。と、悪魔の囁く声が何処からか聞こえ、あたしは柵に手を入れ、一つ摘んだ。

今更気兼ねして、前歯で削る程度に齧ってみる。

「おお、イチゴだ」
 
甘酸っぱい感動と一緒に、実を口に放り込む。

ぷちぷちとした種の歯ざわりと、芳醇なイチゴの果汁がじゅわっと舌の上に解ける。

イチゴを崇めたくなるくらい、それは美味だった。

理性という名の緩い牽制を振り切った右手が、無断で二つ目に手を伸ばす。

食べるという行為の素晴らしさに脱帽した。一心不乱でイチゴを貪った。

ずっとずっと考えていたのだ。もし今食べることが出来たなら、何を食べようかと。

一位はおにぎり(具は焼きたらこがいい)。

二位はフライドポテト。

三位はラーメン。

この上位三つの最強炭水化物は常に不動だ。

イチゴなら八位入賞圏内にランクインは堅い。イチゴ礼賛。ビバ・イチゴ。

< 13 / 168 >

この作品をシェア

pagetop