ぜ、ん、ま、い、と、あ、た、し
太古の昔から、自ずとそこに在ったような静けさで、丸い月が浮かんでいる。

光を邪魔する遮蔽物が何もないので、月光だけでどこまででも見渡せた。

月の光が雪となり、辺り一面に降り積もっているかのようだった。

こっちにも人がいた。あたし一人きりじゃなかった。

自分の両手を目にして、何故悲鳴を上げられたのか頷けた。

イチゴの汁で手が真っ赤だったのだ。きっと口の周りも真っ赤に色付いているのだろう。

出たー、と彼女は目玉を剥いていた。

ちょっと笑えた。

彼女はクラシカルな服を着ていた。天国だし色々な時代の人がいるのだろう、くらいにしか思わなかった。

べたつく手と顔を洗い流したかったが、小川を見失ってしまっていた。

仕方なくそのまま石垣沿いに歩く。

希望的観測で、街か村に出られるのではないかと見通しを立てた。

予見は難なく的中し、集落の明かりが近づいてきた。

小さな村だった。レンガの外壁に、水色や緑の屋根が載った家屋が立ち並んでいる。

どの家にも白い手摺りのポーチが付いていて、出窓や屋根裏部屋の小さな窓も見える。

ガス燈らしき明かりが随所に設置され、各戸の玄関先にもランプが下がっているので、村の中はオレンジ色を帯びた光と、生活感とで氾濫している。

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