ぜ、ん、ま、い、と、あ、た、し
村の人に声でも掛け、接触を試みようかと思い立つも、その前にこの汚れた顔だけでも何とかした方がいいだろうと考えを改める。
水道を探し、家の裏手に回り込む。裏庭の隅に、緑色の汲み上げ式のポンプがある。
ここでは手押しポンプが主流なのか。レトロでいいかもと思った。
昔にアニメ映画で見たので何となく使い方は分かった。この大きなレバーを上下に稼働させるはずだ。
ちょっとそれを動かしただけで直ぐに勢いよく出水した。
置いてあった白いホーローの洗面器が水を受け、「ギョワン」という大きな音を立てた。
予想だにしない音量にたじろぐ。溜まった水で手と顔を洗い流し、見苦しくない程度の容貌に戻った。
「誰だ?!」
再びさっきと同種の声が浴びせられた。今度は皺枯れたお爺さんの声だ。
二回目なので耐性があったせいだろう。あたしは幾分余裕を持って振り返った。
「すみません、ちょっとお水を、」
痩せた白髪の老人だった。幽霊でも見たかのように、何故か目を点にしている。
あたしは「あの」と手を途中まで挙げる。
取り付く島もなく、老人はそそくさと裏口から中に入っていってしまった。
あたしは何がいけなかったのか分からず瞬きする。ほとんど無意識だったが、瞬きで語る癖が残っているのだ。
去り際、きらりと老人の背に何かが光った気がした。気のせいかもしれない。