溺愛依存~極上御曹司は住み込み秘書を所望する~
「萌(もえ)はどうするんだよ。許嫁のことを忘れたとは言わせないからな」
広海さんが専務に詰め寄る。
そうだ。彼には許嫁がいたんだった……。
彼に好きだと言われて舞い上がり、許嫁について確認せずに一夜を過ごしてしまったことを今になって後悔した。
「それは昔の話だろ」
「そう思っているのは、兄貴だけなんじゃないの?」
許嫁が萌さんという名前だということ以外、なにひとつ知らなくて、ふたりが言い合うのを黙って見つめることしかできなかった。
不安が心の中で大きな渦を巻いて暴れ出す。
「……たしかに、広海の言う通りかもしれないな」
うつむいた私の横で、彼がポツリとつぶやいた。
手を伸ばせば触れられる距離にいる彼が、今はとても遠い存在に感じる。再び涙が込み上げてきたとき、信じられない言葉が耳に届いた。
「ちょっと、出かけてくる」
「は? どこへ?」
「京都だ」
「はぁ?」
指先で涙を拭うと、ポカンと口を開けたまま動かない広海さんの姿が見えた。
まるで近所に買い物に行くような感じで、これから京都に行くと言われたら、誰だって驚くに決まっている。
広海さんと同じように呆然としていると、専務の冷静な言葉がリビングに響いた。
「萌と萌の両親にきちんとケジメをつけてくる」
「あ、ああ。わかった」
すぐに落ち着きを取り戻した広海さんが、コクリとうなずいた。