素肌に蜜とジョウネツ
2、最悪と最高の印象を持つ男
お昼休憩を終える約十分前、食堂からフロントに戻る途中の職員専用通路で声をかけてきたのは、艶やかな黒髪のオールバック姿が見目麗しい高輪薫マネージャー。
薫「ちょっと、いいかな?」
藤「っ!」
薫「さっき、フロントにいたコだよね?」
紛れも無く、高輪マネージャー……!!と驚く藤子。
藤「は、はいっ、そうですけど……」
まさか、さっきの今で、会話が出来るなんて思っていなかったから戸惑う。
しかも、高輪マネージャーから声をかけてくるだなんて……!
薫「話があるんだけど―…時間は取らせないから、ちょっといい?」
藤「えっ?あ、は、はいっ」
藤子が返事をすると、歩き出す高輪マネージャー。
その後ろに着いて行くと、人気の無い職員専用階段の踊り場に。
何何何何なにぃー…!?この展開、何っ!?
ま、まさか、さっきのアレで一目惚れしちゃったから先ずは連絡先を交換……とかいう、突然の告白とかじゃないよねぇ??
なんて事を想像して、柄にもなく緊張で固まってしまう藤子。
俯いてドキドキドキドキしていると―…
薫「ジッポ、落としてなかった?」
女心に響くような低音で高輪マネージャー。
でも、そんな問いかけに、
なんだぁ、落し物の問い合わせかぁ~…(チェ~ッ)
藤子、直ぐにテンションを下げる。
まぁ世の中、そんなに甘くないよネ。(心ノ溜メ息)
藤「ジッポ……ですか……?フロントには、そういう連絡は……」
薫「そうじゃなくて」
藤「え?」
薫「店にジッポ、忘れてなかったか知らない?」
藤「み、店……ですか??」
薫「昨日の夜だよ」
藤「は、はぁ~…」
店?店って何処?って首を傾げ、
ホテル内のラウンジ?バイキングレストラン?和食?中華?
昨日の夜って言われても―…
でも、何でわざわざ私に??
と、藤子、高輪マネージャーの言葉にクエスチョンマークが飛び交い、〝ジッポ、店、夜”のキィーワードをぐるぐる頭の中で回しながら考え込んでしまう。
薫「あれ?間違いないよな、昨日の女で」
また高輪マネージャーが声を掛ける。
っていうか、え?今の言葉本当に高輪マネージャーが言ったの?
何だか、お言葉があまりよろしくない気が―…
そりゃあ、私の方が下っ端だから仕方ないかもしれないけど、“女”って言い方何……??
これはチョット、イメージダウン間違いなしと思う藤子。
薫「まだ分かってないの?」
藤「あの……どういう……」
薫「昨日、飲み屋で接客してくれた“ジュリ”ちゃんだよね?」
藤「……」
な ん で す と ? ?
“昨日の夜”“店”
“ジュリちゃん”って―…
間違いなく、副業の夜のお店のお話じゃんっ!嘘!何で?
昨日、“HONEY PASSION”に高輪マネージャーがお客さんで来たっていうのっ??
でも、全くといっていい程、高輪マネージャーらしき人物がいた記憶がないっ。
だって、こんなキラキラオーラがバンバンの麗しい男性を接客したら、絶対に覚えてるし!
一体、いつ接点が―…?
かなり焦りながら、記憶を掘り起こしている藤子。
薫「その反応だと間違いないな。まだ分かってないの?」
藤「あ、あの……」
薫「あー…夜更かしして酒飲んでるから、今日も肌の調子最悪だね」
藤「っ!?」
何だか、言われ覚えのある言葉。って、まさか―…
薫「二十歳前半のくせに、潤いなさすぎ」
あの、無愛想熟女好き眼鏡男ぉ~っ―…!!??
薫「服装と髪型が違って、眼鏡ないってだけでそんなに気付かないものなの?」
藤「(フクソウ、カミガタ、メガネ)……」
間違いない。昨日の男だ……
名前は……そう、確か、
藤「カオルっ!……さ……ん」
薫「そう。昨日の客で、一昨日から営業マネージャーとして君と同じ職場に入った“高輪薫”。思い出したみたいだから、もう一度聞くけど、ジッポ。店に忘れてなかった?」
藤「わ、私はちょっと……もしかしたら、ボーイが見つけてるかも……」
薫「じゃあ、確認しておいてよ。あれ、結構気に入ってるから」
藤「ハ、ハイ……」
取り敢えず、高輪薫マネージャーの言葉に素直に答えてはみるが、藤子は、やっぱり、このキツイ言い方が気になり、昨夜のカオル氏と同一人物だ。と確信する。
っていうか、それよりも大きな問題は―…
直属ではないにしろ、会社の上司に夜のお仕事という副業がバレてしまったという事。昨日の男が高輪マネージャーと気付いた時点でしらばくれた方が良かった……?
とも一瞬、考えてしまったけど、これは下手な誤魔化しが効かないタイプだと思う。
しかし、この事が他言されてはとても困る藤子。
藤「あ、あの~…この件は……」
おそるおそる口を開く。
薫「ん?ああ、大丈夫。夜の仕事の事は黙っておいてあげるよ。仕事掛け持つって何か理由があるんだろうし」
理解ありげな、高輪マネージャーの言葉。
思わず、ホッとする藤子。
あ~…本当の第一印象は最悪だったけど、結構話が分かる人で良かったぁ。実は良い人なのかも。(タンジュン)
と、そう思ったのも束の間で……
薫「昨日の塗りたくっただけの厚化粧は夜仕様?」
藤「え?」
薫「今日のメイクのほうが良いね。まぁ、良いって言っても昨日よりマシって程度だけど。やっぱ、どうメイクしてもベースの肌が荒れてるからだろうな」
藤「なっ……」
薫「まぁ話が反れたけど、ジッポの件は宜しく頼むよ」
チクリと、か弱い部下のお肌事情を指摘したかと思えば、いきなり話題を戻す薫。
「じゃあな」とコツコツ革靴の音を響かせて歩いて行ってしまう。
藤「・・・・・・」
やっぱり本当の第一印象通り感じワル。と思っていたら、
コツ。直ぐに立ち止まると振り返り、こっちを見る薫。
も、もしかして今の私の心の中の言葉が聞こえた、とか?
そう思ってしまって背筋がピンと伸びてしまう藤子。
薫「あんた、」
藤「は、はい」
薫「フロント勤務なんだからさ、一日前に見た相手の顔くらい覚えておかないと」
藤「そ……それは―…」
薫「ああいう夜の店でも働いてるなら尚更だな。〝お客様”相手の仕事っていう意識が足りないんじゃない?それともボケっと座って酒飲んで適当に相槌打って時給さえ貰えればいいって感覚?」
藤「う……」
薫「ま、俺は直ぐに判ったけど。塗り絵みたいな顔がまぁまぁ見れる顔になっていてもね」
藤「……(塗リ絵ッテ……)」
薫「じゃ、失礼」
再び、革靴の音が廊下に響く。
ヤダ、本当に失礼な男なんですケド。
そりゃあ、〝お客様”を覚えるっていうのは接客業で大事な事だけど―…
ビフォーとアフター的に違うとわかんなかったりするでしょ??
大体、私が夜の店で厚化粧しているのだって、ホテル関係の知り合いにあった時の為のせめてものカモフラージュだし!まぁ、そのカモフラージュもすんなり見破られてるから意味がないんだけど……
それにしても、だ。まさか昨日の男が〝高輪マネージャー”だなんて有り得ない。
気付かなかった私も私だけど、あの性格、
あ り え な い 。
あれが女子に対する態度?昨日お会いしたばかりだよ?
しかも、同じ職場で働いているんですよ??
嗚呼。さっき大階段で見た、煌びやかな高輪マネージャーの姿が音を立てて崩れていくわ。
さっきは目の保養になるとか言って浮かれてたけど、もう今はそれどころじゃない。
夜の蝶の姿を知られた以上、なるべく関わりたくない。
っていうか、ああいうタイプ、ニガテだから関わりたくない。
グッバイ・久々の胸のトキメキ―…
そう思って肩をおとし、藤子はとぼとぼとフロントに戻っていく。
しかし、彼、“高輪薫”との因縁はこれだけでは終わらなかったのです―…
昨夜、副業の場で出逢った感じワル男さんは、実は本業の役職者でした。
という、何とも気まずい事実を知ってしまったその日、藤子が家に帰り着いた時刻は17時半過ぎ。
日勤早番の日の帰宅時間は大体このくらい。
一人暮らしをするマンションには、本業の職場から自転車で十分程度で帰れる。
今日は夜のお仕事もないし、さて、何をしようかなぁ~とか思うけど、
特別したいことなんて無い。
ホテルサービスを学ぶ専門学校への入学と同時に地元を離れたから、こっちで友達っていうと専門学校時代の友達が殆どになる。
だけど、卒業してバラバラになっちゃたり、近くにいても時間が合わなかったりで、思い立って〝今から会おう”って気軽に連絡出来る友達は寂しいことにいない。
副業の店のコ達とは仲良くはあるけど、生活リズムが違いすぎるし……
そんなわけで、仕事がない時間は基本、家に篭ってる毎日。
それにしても今日は特別、家にいる時間が退屈に感じる。
こんな日こそ、凌一から連絡があればいいのにって思うけど、自分から連絡するのは何だか気が進まない。
凌一と会うときは、大概、向こうから誘いの連絡をしてくる。
まぁ身体の関係はあるけど彼女ではない女が私みたいなタイプだと、男からすれば楽で都合のイイ女だけど―…
凌一との時間が無かったら、本当に家と仕事の往復生活だけの人間になってしまう。
それはちょっとイヤだなっていうのが、本音。
藤「ねぇ、ロミ男~、私こんなんで大丈夫かなぁ~…」
溜め息混じりに、ロミ男に話しかける。
この言葉も本音。
だけど、そう思うだけで特に行動も起こさず、淡々と毎日は過ぎていく。
ああ、こんな潤いのない毎日を変えてくれる“何か”が欲しい―…
そんな事を思って部屋着に着替えて、ゴロゴロしていたら、何時の間にか眠ってしまっていた。
「―…っづ」
と、思わずヨダレをくって目が覚めたのは20時過ぎ。
ヤバイ。夕ご飯も食べないで寝てた―…そう思って、起き上がろうとした瞬間、ピンポーン―…とインターフォンが鳴る。
藤「……」
こんな時間に誰だろう。何かの勧誘?それにしちゃ、遅い時間だし……
出るの面倒だなぁ。寝起きだし。居留守使っちゃおうかなぁ~
そんな事を思っていると、ピンポーン―…ッと、もう一度インターフォンが鳴った。
「!」
もしかしたら、凌一のヤツがフラリとアポなしで来たとか??
そう思って藤子は慌てて起き上がり、インターフォンまで向かう。
通話ボタンを押して、「はい……」と、出ると、
『すみません。隣りに越してきた者ですが―…』
男の声。
何だ。例のお隣さん、やっと挨拶に来ましたか……
偉そうにそんな事を思いながら、「あ、今開けま~す」藤子は、そう伝えて玄関に向かい、ガチャリ、と、ドアを開けた。
すると、次の瞬間―…
「「あ」」
寝起きの声と低い声が重なる。
そして藤子はフリーズ状態に。
どうやら、お隣さんも似たリアクション。次に、
藤「……!?」
え!?って驚く。
だって、玄関を開けて目の前に立っていたのは、眼鏡をかけた黒髪の男!
昨日、夜の店で接客した無愛想毒舌男!!イコール、
本業のホテルに新しく入った、営業部マネージャーの高輪薫―…!!!!
(Tシャツにハーフパンツ。シャワーを浴びたのか、ノット・オールバック。そして、眼鏡の薫)
藤「なっ、なな何でココに……!?」
薫「何でって―…隣りに引っ越してきたから、一応、挨拶に来たんだけど」
藤「嘘っ……」
薫「そんなつく価値も無い嘘をついてどうするんだよ。しかし、まさか君が隣人とはな―…」
敬語を使うのも忘れて動揺しまくりの私を見ながら、はぁーっ、と重い溜め息をつく高輪マネージャー。
いやいやいや、“まさか”って、それはこっちの台詞だし……!
同じ職場だったってだけでも、かなりの偶然なのに、同じマンション。しかもお隣さんって有り得ない―…夢を見てるって訳じゃ……ない、よね……?
そんな事を思って、今度は呆然と立ち尽くしてしまっていると、
薫「まぁ、いいや。ジュリちゃん」
と、会話を再開する。
しかし、“ジュリちゃん”って―…
藤「そ、それは源氏名です……瀬名です……瀬名藤子……」
薫「ああ、失礼。瀬名さん、これ挨拶の品」
高輪マネージャーは、「はい」と、包装されたのしつきの箱を渡してきた。
藤「ど、どうも」
とりあえず、受け取る藤子。
薫「で、今から夜のご出勤?」
藤「いえ……週二程度の勤務なんで……」
薫「夜番もあるのに頑張るね」
藤「いえ、それほどでも―…というか、他の人には……」
夜のお店の事、何だか気になってまた確認してしまう。そんな藤子の言葉に、
薫「言ってないよ。大丈夫って言った筈だけど、しつこいな」
藤「う゛……」
何ともまぁ、棘のある言い方をしてくる。
まだ二回しか確認してないのに、“しつこい”ってムッとくる。
本当に目の前にいる人物と大階段で見た麗しく輝きを放っていた人物は同一人物―…?
そう疑いたくなる。
そして、薫の今の姿をみて、こういうラフな格好でも、一般的な感覚で見ればカッコいいヒトの部類に入るんだとは思うけど―…
どうしても大階段の高輪マネージャーとは別人に感じてしまうのは、あの似合いすぎてたスーツ効果?
それとも、色気漂うオールバック……?
と、そんな事を考えている藤子。
薫「でも―…どうしようかな」
高輪マネージャーが呟く。
藤「はい?」
薫「君の夜の副業をタダで黙っておくのもつまんないと思って」
藤「ツ、ツマンナイ……?」
薫「他言しない事が俺に何かメリットをもたらす訳でもないしなぁ」
藤「ちょっ……さっきまで、大丈夫、シツコイ!って言ってたじゃないですかっ」
ちょっと、ちょっとぉっ、そこまで言っておいて、何?そのイキナリな心変わりは……?!と、焦る藤子。
薫「よし、こうしよう」
何か閃いた表情で高輪マネージャー。
薫「黙っといてやる代わりに、夕飯作ってよ」
藤「はい?」
薫「安いもんだろ?」
はいぃぃ~…??
めちゃくちゃ真顔で、そんな発言をさらっとしてしまう高輪マネージャーに、
最早、上司という事実はどこかにすっとんで、
何言ってるんですか。この男は―…
と、間抜けに口を半開きにしたまま、玄関先に突っ立って思ってしまう藤子。
薫「明日は早番?」
藤「―…っ、え?」
薫「明日は早番かって聞いてんの」
藤「は、はい……」
薫「夜の店は?」
藤「休み……ですけど……」
高輪マネージャーの言い方は偉そうで冷たいのに、何だか、つい問いかけに答えてしまう藤子。
薫「じゃあ、明日の夜からで決まりだな」
藤「……は?」
薫「悪いが、今夜はもう出前頼んだから」
藤「あ~…そうなんですね~…って」
と、ノリで了承しそうになるが、そういうハナシじゃないんですけど……?イヤイヤ!嫌!そんな一方的な話、のめる訳ないよ!と我に返る。
藤「何で私が昨日会ったばかりの、全くの他人である異性に夕飯を作らないといけないんですか……?」
薫「他人って冷たいな。直属ではないにしろ、一応、会社の上司だろ」
藤「上司なのに部下の秘密をいいことに、おどしめいた事をしてもいいんですかっ?」
薫「人聞きが悪いな。そうだな……せめて契約と言ってくれ」
藤「言い方なんてどうでもいいんですっ!」
都合よく解釈を進めようとする高輪マネージャーに、思わず大声を出してしまう藤子。
だって、こんな話、おかしい。昨日知り合ったばかりの女に、悪びれた様子も無く弱みにつけこんで図々しい約束を取り付ける高輪マネージャーの神経が考えられない。
しかも、初対面時、めちゃくちゃ愛想無く、態度もわるかったのに!
何だか思い出して、怒りが込み上げている藤子。
薫「もしかして、ヤラしい事、期待してんの?」
そんな言葉を無表情で口にする高輪マネージャー。
藤「なっ……!」
薫「安心しろ。別に俺の部屋に上がりこんで夕飯を作れと言ってるわけじゃないから。君は届けてくれればいいだけ。出前みたいに」
藤「出前って……」
薫「期待させて悪いが、同じ職場の女に手を出してこじれるという面倒な事態は俺も避けたいから。こっちも肩書きもらって引き抜かれてる身だし」
それなら尚更、そんなハナシを持ってこないでよ!人事部に訴えてやる……!
と、心の中で意気込むものの、
そうなると、夜の副業がバレちゃうし……それは私には無理だ……
分が悪く、ガクッと落ち込む藤子。
薫「あれ?やっぱり期待してたの?」
藤「違います……」
薫「申し訳ないが、潤いのない枯れかけ状態の今の君では押し倒す気分にもならない」
藤「……セクハラですよね」
薫「それは失礼」
もうっ、本当に失礼だから!
っていうか仮に、私の肌がピチピチのプリップリッに潤っていたって、アナタはもっと年上の熟しきったお姉サマ方のほうが好みなんでしょ!
あぁ~…もう、本当に腹が立つ~…
そう思って、両手をグーにして、ぎゅぅっと力を入れて苛立っている藤子。
薫「けど―…」
と、口を開く高輪マネージャー。
次は何を言われるのか、と、構えていると―…
薫「出会った次の日に職場で再会。しかも、住む場所は同じマンション、隣同士……そんな偶然に運命を感じる自分もいるんだけど」
藤「えっ……」
薫「そう思わない?瀬名さん」
藤「っ」
さっきの無愛想な表情から一転、ニッコリと微笑む高輪マネージャー。
一気に、目の前にいる高輪マネージャーを眩しく感じてしまう藤子。
キラキラキラ……
ああ、朝日を受けて輝く水面。
そうか、これか……
私は大階段で見た、この微スマイルにやられたのか。
この笑顔を前に、私の胸が高鳴る寸前―…
でも、くやしいから一歩手前で高鳴りかけの鼓動に待ったをかける藤子。
お願いだから、これ以上微笑まないでっ、高輪薫~…!(呼ビ捨テ)で藤子、心の叫び。
心の中で藤子がそんな絶叫をすると、同時に部屋の斜め前に設置されたエレベーターが開く音がした。
出てきたのは、よくメニューチラシがポストに入ってる蕎麦屋のお兄さん。
良かったぁ。
微スマイルにやられる前に助かったぁ~…と、安堵する藤子。
薫「―…届いたか」
藤「みたいですね。では、早くお部屋に戻って夕ご飯にしてください」
薫「君に言われなくてもそうするよ」
藤「はいはい。そうして下さい」
薫「そうそう。ジッポの件も忘れないでくれよ」
藤「はいはい。わかってます」
薫「じゃあ、黙っておく代わりに君は夕飯を届けるという契約、明日から頼んだよ」
藤「はいはい。わかってま―…」
って!そんな契約してないっ。と、また流されそうになるが、止まる。
藤「ちょっ……そんな一方的な話っ」
“困ります!”と、言おうとするが藤子の訴えなんて無視で、
薫「じゃ、また明日、職場と夕飯時に」
そうクールな顔で言うと、バタンッ、高輪マネージャーは玄関ドアを閉めて帰って行った。
ご挨拶の品を持って玄関に立ち尽くす藤子。
何て横暴な男なんだ―…
何だか今の展開で夕飯を食べる気が起きなくなったじゃない……
フラフラとベッドまで歩き、倒れこむ。
何で、夜の店で出会っちゃったの?
何で、同じ職場の営業マネージャーなの?
何で、隣りの部屋に越してきちゃってるの?
そんな偶然の巡り合わせをしてしまったのが、何で彼のような失礼極まりない男なのぉ……?
“そんな偶然に運命を感じる”
って?
そんな冗談、ジョーダンじゃないっ。
どうせ、そんな出会いを遂げるのなら、もっとこう、優しくて、紳士的で、笑顔の素敵な―…
まぁ……悔しいことに、笑顔は好みすぎるけど……
とにかく、そんな男性だったら、喜んで運命を感じてたのに!
よりによって、何で、ああいうタイプ??
藤「―…ロミ男ぉ、助けて」
そうロミ男に声をかけても、彼は涼しげな表情でどこか一点を見つめてる。
ああ、ロミ男が会話が出来る亀だったらいいのに。
だって、こんな事態を職場のコに話すのなんて無理だし、心を許して全てを語れる相手ってやっぱり貴方くらい―…
しかし、だ。
あんなタイプの男が同じ職場で家に帰っても隣にいるだなんて、これじゃあ潤いどころか気苦労耐えずに一層水分が蒸発してしまうじゃない……
そんな枯れた女に良縁は何時巡って来る?
運命の出逢いとやらは??
私、やっぱり、このまま枯れた人生を歩むのだろうか―…?
ベッドにうつぶせになり、藤子、心の中で嘆く。