一筆恋々

【二月一日 手鞠より菊田への手紙】


突然お手紙差し上げる無礼を、お許しくださいませ。

覚えていらっしゃいますでしょうか。
わたしは英駒子さんの友人で、春日井手鞠と申します。
以前、久里原静寂さんと一緒に、市電で声を掛けさせていただきました。
その節は失礼いたしました。

同封の写真は、駒子さんの婚約者である藤枝政行氏と、その恋人と思われる芸妓です。
藤枝さんには他にも複数の女性がいらっしゃるようで、少なくとも女性関係においては誠実とはほど遠い方だと思われます。

このことは駒子さんにもお伝えしました。
しかし「菊田さんでなければ誰だって同じ」という姿勢を崩されないのです。

もし菊田さんの中に駒子さんへの想いが残っていらっしゃるなら、自分を粗末にするようなことを止めてもらえませんか?
きっと菊田さんの言葉なら駒子さんに届くと思うのです。

こんなことをして、駒子さんにも菊田さんにも怒られるでしょうけれど、このまま見過ごすことはできませんでした。

もしご迷惑でしたら、この手紙は破り捨てて忘れてくださいませ。

乱筆失礼いたしました。
かしこ


大正十年二月一日
春日井 手鞠
菊田 仙太郎様


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