一筆恋々

【七月二十日 手鞠より静寂への手紙】


謹啓
通学中の市電の窓から池に広がる蓮の花が見えました。
夏も盛りですが、すずしげで心地よい景色です。
静寂さんはこの暑さで体調を崩されていらっしゃいませんか?

今日は学校の帰りに、駒子さんと菜々子さんと一緒に寄り道をして、アイスクリームを食べに行って参りました。

駒子さんは英子爵家の三女で、華族さまらしい品位を持ち合わせながらも気さくな方です。

菜々子さんは滝口造船のご令嬢で、ピアノがたいへんお上手なのですよ。
ふたりとも女学校入学以来したしくお付き合いさせていただいているお友達です。

ふたりといると話しが尽きません。
学校の話や、家族の話、読んだ本の話、着物の話、級友の噂話。
どういうわけかつぎつぎわいてくるのです。
今日も駒子さんが近ごろ夢中だという小説の話を聞いているうちに、喫茶四季彩館(フォーシーズンズ)に着いていました。

四季彩館の窓はステンドグラスになっていて、四季のお花が描かれています。
今日わたしたちは紫陽花(あじさい)と朝顔の窓辺に座りました。

強くて図々しい日差しもステンドグラスを通ると急にやさしくなるようで、アイスクリームに紫や緑の光をそっと添えてくれます。
その光ごとすくうようなひとさじが、とてもぜいたくに思えるのです。

放課の鐘の()が他のときと違って、ことさらはなやいで聞こえるのは、このアイスクリームの時間につながっているからに違いありません。

それにしてもアイスクリームって夢そのものだと思いませんか?
さっきまで確かにそこにあったのに、一瞬のうちに消えてしまう。
泥棒がどこかへ盗んでいったのかと、いつも思うのです。

いつかきっと一緒に参りましょう。
菖蒲(しょうぶ)の窓辺に座る静寂さんと、ゆっくりアイスクリームを楽しみたいです。

寝苦しい夜がつづきますが、お身体いとおしんでくださいませ。
敬白


大正九年七月二十日
春日井 手鞠
久里原 静寂様



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