一筆恋々

【七月二十八日 手鞠より駒子への手紙】


眠れずに起き出した真夜中、有明行灯の明かりを頼りにこの手紙を書いています。

今日、駒子さんから「婚約者に出すお手紙には何を書いているの?」と聞かれましたね。
わたしは日々の出来事をつらつら書いているだけなので、うまくお返事できませんでした。
「婚約者へのお手紙なら当然恋文であるべき」という駒子さんのお話も、もっともだと思います。

けれど経験がございませんので、わたしには恋文の書き方がわかりません。
人気のある恋物語を真似た手紙も書いてみたのですが、わたしの中にある気持ちと似ても似つかず、ただ紙屑が増えただけでした。

お手紙を書くことはたのしくて、静寂さんにお伝えしたいことはたくさんあります。
菜々子さんには「それはただの日記ね」と言われてしまいましたが、「ただの日記」では静寂さんは退屈でしょうか。

お手紙とはむずかしいものなのですね。
あれだけ悪しざまに言いましたのに、八束さまの方がずっと習熟されていたのかもしれません。
教えを乞う気持ちにはなれませんけれど。

今度書き上げたお手紙をお見せするので、相談に乗ってくださいませ。


大正九年七月二十八日
春日井 手鞠
英 駒子さま


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