一筆恋々

【八月四日 手鞠より静寂への手紙】


謹啓
女学校は今月から暑中休暇に入りました。
終わりのわからない梅雨もいつの間にか明けて、夏空が痛いくらいです。

暑さはつらいけれど洗濯物はよく乾くので、今日は母と義姉と一緒に、十月から着る(あわせ)の洗い張りをしました。
着物をほどくのも洗うのもそれほど苦労しませんが、布を板に張り付けるのは本当に大変なものですね。
どうしてあんなにいちいち曲がってしまうのでしょう。
一見まっすぐに張れても、物差しをあてると見事に斜めなのが、また苛立ちます。
とくに木綿が!

けれど、みどり濃い庭に、きれいに洗われた着物がとりどりの色を(あや)なす様は壮観です。
それはこの苦労ゆえに、一層あざやかさを増すのでしょう。
糊がききすぎて少しごわごわしているけれど、さっぱりとした着物に袖を通して迎える秋は格別と思います。

気分よく夕餉(ゆうげ)の支度をしましたら、鰈の煮付けがいままででいちばんおいしくできました。
今日は小石川の方に住んでいる次兄が、甥っ子と姪っ子を連れて遊びに来ているので、みんなで食べたあと、庭で花火をしました。

お日様を浴びた芝の匂いと、硝煙の匂いが混ざると、夏の夜が身体の隅々まで染み渡る気がしませんか?
花火はもちろんきれいなのですが、わたしは昔からこの匂いの方が好きなのです。
来年の夏は、静寂さんと一緒に花火ができるでしょうか。

実はさっきまでがんばって早く寝ようとしていたのですが、なかなか寝つけず、有明行灯の明かりでこのお手紙を書いています。
久しぶりにお顔が見られると思うと、なぜか眠れないのです。

あと四日。
このお手紙が届く頃には、もうお会いできているでしょうか。
敬白


大正九年八月四日
春日井 手鞠
久里原 静寂様

やっぱり眠れません。


< 24 / 116 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop