一筆恋々

【十一月十三日 手鞠より静寂への手紙】


拝復
菊田さん、卒業後は新潟に戻られるのですか。
継ぐべきお家がありますものね。
新潟は遠いですし、家庭の事情も込み入っているようなので、駒子さんがついて行かれたとしても苦労されることでしょう。

場所や環境が近くても、別の家に入ると何かしらの苦労はあるものです。
それが家庭の事情だけでなく、土地柄も変わってしまえば、より馴染むのは大変だと想像いたします。
菊田さんのご実家が近い場所だったなら、もう少し何か違っていたでしょうか。

花嫁支度のこと、気を使わせてしまいましたか?
申し訳ありません。

わたしはお掻取なんて望んでいません。
黒地が最も格式が高いことは存じておりますが、実はそれほど好きではないのです。
黒は「婚家の色以外、何色にも染まらない」という意味があると聞きました。
それなら私は静寂さんのお好きないろの着物が着たいです。

静寂さんは何いろがお好きですか?
わたしに似合ういろだといいのですけど。

一応考えてみたものの、欲しいものも何も思いつきませんでした。
ただひとりわたしだけが静寂さんに寄り添うことを許される。
それだけで十分なのです。

身ひとつで参りますので、その身ひとつで受け取ってくださいませ。
拝答


大正九年十一月十三日
春日井 手鞠
久里原 静寂様


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