一筆恋々

【十一月二十日 手鞠より静寂への手紙】



謹啓
冷たく強い風が頬を打つ日でした。
同じ風に運ばれる落ち葉がからからと鳴いていて、せつない気持ちがつのります。

放課のあと、駒子さんと菜々子さんと三人で、森島珈琲館に行って参りました。
寒い日に焼きたてのワッフルは、一層おいしいだろうと思ったのです。

大学が近いために学生さんがたくさん歩いていて、つい静寂さんを探したのですが、そう都合よくはいかないようですね。

珈琲とワッフルをゆっくりいただきながら、ことのあらましを聞いて参りました。

駒子さんも菊田さんも、最初から添えるとは思っていなかったそうで、そんなお話にはならなかったとのことでした。
それでも、お手紙のやり取りが続くほど、会うほどに惹かれていって、それが辛かったそうです。
恋なんて知らなければよかった、出会わなければよかった、と思ったことも一度や二度ではない、と。

このことを静寂さんにお話しするのは、菊田さんを探してくださったのが静寂さんだったからです。
駒子さんと菊田さんが辛い気持ちになるほど、静寂さんが責任を感じていらっしゃるのではないかと思って。

ですから駒子さんから言伝てがございます。

「久里原様、菊田さんと会わせてくださってありがとうございました。おかげさまで、しあわせな気持ちを知ることができました。わたしは少しも後悔しておりませんので、久里原様もどうかお気になさらないでください」

誰かを好きになることはうれしいはずなのに、泣きたい気持ちによく似ているのは不思議ですよね。
リボンをいただいたときのうれしい気持ちや、煮物がおいしく仕上がったときのうれしい気持ちにはない、恋特有のうれしさなのでしょう。
「愛しい」を「かなしい」とも読む理由が、わかるような気がします。

姉と八束さまの祝言があったために、駒子さんは菊田さんとの関係を終わらせなければならなかったようです。
親戚や知人が多く集まりますし、良くない噂が立つことを英子爵は気になさったのでしょう。

駒子さんには縁談がいくつかあったのですが、その中から藤枝男爵のご長男とご婚約されたそうです。
姉たちの披露宴の席で顔を合わせて、そこからすぐにお話がまとまったとか。
わたしは存じ上げない方なのですが、決まってしまったからには、駒子さんを大切にしてくださればいいな、と思います。

ただ、学生服が視界をかすめるたびに振り返る駒子さんを見て、配慮が足りなかったと、お店選びを反省しました。
わたしはまだまだこういう至らないところがあって、自分が嫌になります。

汁物のおいしい季節ですね。
茸や根菜の出汁で煮た里芋は、とろっとやわらかく、身体の内からあたためてくれました。

身体はあたたまったのに、心の中で落ち葉がからからと泣き続けています。
やっぱり今日、思いきって大学まで会いに行けばよかったです。
敬白


大正九年十一月二十日
春日井 手鞠
久里原 静寂様


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