一筆恋々
六通目 滴水成氷の候

【十二月三日 手鞠より静寂への手紙】


謹啓
今朝はあまりの寒さで、何度か起きる決心を砕かれながら、やっとの思いでお蒲団を出ました。
起きるのは辛いけれど、きんと張り詰めた空気は特別に透き通っている気がします。
大きく息を吸い込むと、冬の味がすると思いませんか?
しろい息が青空に上っていくのを見て、静寂さんのため息も今日はしろいのだろうな、と思いました。

淡雪さんのこと、本当によかったですね。
ご家族みなさま、喜ばれていることでしょう。
今度ぜひ、淡雪さんご執心の生地も見てみたいです。

ところで、駒子さんに尋ねられて気になったのですが、淡雪さんが戻られたら、久里原呉服店はどうなるのでしょう?

わたしの気持ちとしては静寂さんが継がれても、淡雪さんが継がれても、どちらでも構いません。
むしろ静寂さんには、静寂さんの進みたい道を選んでいただきたいです。

ただ、わたしはこのまま静寂さんの元へ嫁いでいいのですよね?
ほんの少し心配になりましたので。
敬白


大正九年十二月三日
春日井 手鞠
久里原 静寂様


< 57 / 116 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop