予言書を手に入れた悪役令嬢は役を降りることにしました。
ひくっ、と喉の奥が鳴った。

(どうしよう)

聞こえていない風を装うべきだったのか。
ミリアが発してしまった『誰?』という問いは誰とも知れない声を迂闊にも刺激してしまったのかも知れない。

「ねぇ?ねぇ?どうなの?」

ミリアの推測を後押しするように、矢継ぎ早の声が聞こえてくる。
その声は確かにミリアの鼓膜を震わせていた。
気のせいでも、聞き違いでもない。
別の何か、外から聞こえてくるものでもない。

間違いなく、声だ。
女性の、おそらくは若い女性の声。
しかも、明らかにミリアに話しかけている。

「ねぇ?聞こえてるんでしょ?」

ミリアは、耳を両手で塞いで、壁を背に座り込んだ。
視線は声が聞こえてくる先ーーー布が被せられた『何か』を見据えながら、というか目をそらせた隙にそれこそ何かが這い出てくるのではないか。そんな気がして、目を離せずに、ふるふると左右に頭を振る。

「ちょっとぉ、無視しないでよっ!せっかくものすごくひっさしぶりに人と話ができると思ったのに。……寂しいじゃないよ」

その声音にミリアはほんの少し、ふるふるしていた首の動きを弱めた。

「……ってかさー?私、何かした?そんな怖がらせるようなこと、してる?ただ話かけてみただけだよね。ーーーぁ、でも声だけ聞こえてきたらそりゃ怖いか」

いつの間にか、ミリアは頭を振るのを止めていた。
いまだ涙の跡が色濃く残る赤く充血した目を丸くして、声の聞こえてくる先を見つめている。

(なんだか……いえ、怖いは怖いけど)

誰もいないはずなのに声だけが聞こえてくるのだ。
状況は完全にホラーである。
なのだけれどーーー。







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