クールな専務は凄腕パティシエールを陥落する
「ここは・・・!」

「すべて、愛菓さんのためにご用意いたしました」

愛菓が唖然とするのも無理はない。

ホテルフロントから奥に数メートルのところに位置するそこは、10坪ほどのカフェスペース&キッチン。

シンプルな店内は洋風のコーディネート。

奥に設置された機能的なオープンキッチンは、スイーツ作りのためだけに考えられたような空間だった。

樫原は、いつもクールな愛菓の表情を崩したことに内心満足していたが表情には出ない。

「ご満足頂けそうですか?」

「・・・」

「愛菓さん?」

突然、樫原に向き合った愛菓は、蕩けそうな満面の笑みで樫原の腕を両手で掴むと

「あなたは神なのか!樫原さん!」

と、予想外の反応&握手で喜びを伝えてきた。

「あ、愛菓さん。それは喜んで頂けたということでよろしかったでしょうか?」

「無論」

侍女子・・・。

キッチンに置かれたスイーツナイフを手に取った愛菓は、

この店を見た途端に、髪をポニーテールに結んでしまったため、まさに凛とした侍のようだった。

「ここの資機材と材料はもう使えるのですか?」

樫原は、le sucreに通いつめていたこの2週間、愛菓に

『お店は貴方がいつでも使えるように準備を整えております』

と言っていた。

その事を思い出した愛菓は、夏休みを前にした小学生のようにキラキラした目で樫原を見つめている。

「ええ。もちろん使えますよ。僕に何か作ってくださるのですか?」

樫原としては、ちょっとした冗談のつもりだったが、

「御意」

と、言って片膝をついた゛侍女子パティシエール愛菓゛に呆気にとられることになってしまった。

「このような素晴らしい調理場をご準備くださり、僭越至極にございます。あなたは今日から私の御主人様」

そう言って片膝をついた姿勢から立ち上がった愛菓は、

「殿、何なりとご用命を」

と、真剣な眼差しで訴えかけたため、さすがの樫原も動揺を隠せなかった。

帰宅途中のホテルスタッフ数人が、足を止めて開店していないのに明るい店内を覗いていたが、

「わ、あの美女、Mr.クールの鉄壁を壊してるぞ」

「動揺してる樫原専務、初めて見たわ」

と一様に驚いていた。



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