クールな専務は凄腕パティシエールを陥落する
「さあ、こちらもどうぞ」

和生を座らせた場所から数メートル離れたブースに彼女の店は出店しているらしい。

手には、小さいカップのようなものを持って、愛菓は小走りして和生の元に戻ってきた。

「これは、何ですか?」

「プリンです」

「それはわかりますが、生憎私は甘いものが好きではありません。それは先日のご挨拶の時にお伝えしたはずですが・・・」

そう、和生は客寄せのためにこのスイーツ企画を進めてきたが、甘いものが好きではないため試食はできないと、正直に出展者達に伝えていたのだ。

「ええ、うかがいましたよ。お陰で色々なアイデアが浮かびました。あなたのお陰ですのでお礼をしなければと思っていました」

゛この人はマイペースで人の話を聞かない変わり者なのか?゛と和生は最初、警戒していた。

「最後にお食事を摂られたのはいつですか?」

「えっ?昨日のお昼でしょうかね」

元々食欲も物欲もなく、七つの大罪からは縁遠い和生は、忙しさにかまけて食事を抜くことも度々だった。

「低血糖です」

「えっ?」

「貧血もストレスもあるかもしれませんね」

愛菓の顔も、和生に負けず劣らずクールだが、目元はなんとなく優しく見えた。

「脳を働かせるためには糖分は必須です。デザートを食べろとは言いませんが、せめて炭水化物はとって、あとタンパク質も欠かさないように」

愛菓はまるで子供に説教する母親のように厳しい目で和生に言い寄った。

「とりあえず、騙されたと思って、これ、食べてください。命令です」

゛命令される理由はない゛

と内心反論しながらも、和生は顔をしかめて差し出しされたプリンをみる。

和生は、同級生に、小学校の給食で出たプリンの中に虫を入れられて以来、デザート全般が無理になったのだ
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