クールな専務は凄腕パティシエールを陥落する
゛le sucre゛のカスタードの魔術師、氷山愛菓。

スイーツ部門での数々の賞をゲットし、今や世界も注目しているパティシエールだ。

現に、世界スイーツフェスティバル会場にも、国外からわざわざ訪れた顧客が愛菓のスイーツを求めて並んでいた。

愛菓はどんな外国人客にも怯まず、クールな表情で説明を繰り返していた。

英語、フランス語、イタリア語はマスターしているようで、そうした言語には自ら対応している姿がみられた。

そんな中、ある外国人の子供が、両親と話している愛菓のカフェエプロンの裾を引っ張った。

身を屈めてその少年の口元に耳を寄せると、何かを囁かれていた。

体を起こした愛菓は、ニヤリと口角をあげると、男の子の頭をグリグリと撫でてから親指を立てる。

すると、身を翻して調理ブースに移動し、何かを作り始めた。

丸椅子に腰かけてそれを見ていた和生は、そのやり取りが気になってしまい、゛le sucre゛の出展ブースに近づいていった。

例の少年とその両親は店の前の椅子に腰かけて何かを待っていた。

パーティション越しに見学できる調理ブースに愛菓が現れると、嬉しそうに少年と両親がそこに駆け寄る。

少年にウィンクをする愛菓は、滑らかにシュー生地を混ぜ合わせ始める。

そして、それを搾り袋に入れて、オーブン皿に敷いたクックシートに搾り出すと、オーブンにいれた。

次にカスタード作りに取りかかる。

その手先は本当に滑らかで、魔術師という名にふさわしいと和生も思った。

カスタードも作り終えると、エプロンを外して、愛菓はパーティションのむこうにいる少年のもとにやって来た。

『S'il vous plaît revenir dans 30 minutes(30分後に戻ってきてね)』

『oui.Mademoiselle(わかりました。お姉さん)』

聞こえてきたフランス語はそんな内容だった。

しかし、少年は立ち去らず、その後もずっと透明なパーティションに張り付き、愛菓が作る他のスイーツを眺めて嬉しそうにしていた。
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