クールな専務は凄腕パティシエールを陥落する
『出来たよ。待たせたわね』

愛菓がテーブルに運んできたシュークリームは、なんの変哲もない普通のシュークリームだった。

『ママ、パパ、見て。僕のシュークリームだよ』

『そうだね。日本に来て良かったな』

少年も、両親もなぜあんなに嬉しそうなのか、和生には正直わからなかった。

『これは何で作られているのですか?』

『米粉と豆乳ですよ。糖分も控えめに調整していますが甘さはしっかりあります。安心してお召し上がり下さい』

話に耳を傾けていると、少年は小麦粉と牛乳のアレルギーだった。

おまけに先天性のⅠ型糖尿を患っていて、甘いものは制限されているらしい。

『わあ、美味しいよ、パパ、ママ』

『本当だね。さすがカスタードの魔術師だ』

『うん。お姉さんは魔法使いなんだね』

笑顔で話続ける親子に、愛菓は満面の笑顔を向けて言った。

『フランスにも魔法使いはいるよ。この紙を知り合いのパティシエに渡してごらん。きっと夢の続きを見せてくれるから』

そういって、愛菓は何の見返りも求めずに米粉と豆乳のレシピを少年に渡した。

『これは、あなたの大切なレシピなのでは・・・?』

困惑する父親に向かって

『大切なのはお客様の笑顔です。レシピぐらいいくらでもお渡ししますよ』

と言って愛菓は微笑み、そして

『それに・・・レシピが同じでも、完全に味をコピーできるかは別問題なのです』

と不敵に笑った。

『まさに侍』

『ありがたき誉め言葉でございます』

片膝をついてお辞儀をした愛菓を見て笑う両親の横で、少年は幸せそうにシュークリームを食べていた。

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