俺の、となりにいろ。

すると、それまで会話を聞いていた藤川課長が、
「その騒動については僕も記憶しています。その時僕も営業部にいた目撃者なので」
と、桐谷専務へ顔を向けて、黒いフレームを人差し指で軽く上げた。

「藤川課長も、あそこにいたのですか…」
思わず声が出てしまった私。
藤川課長はチラリと目を合わせて、小さく頷く。
「実際現場で起こったことと、拡散された噂の内容が随分違うことに多少疑問を感じていますが……それ以外に少しお話させて頂きたいことがあります」

そのキビキビした口調に桐谷専務も頷いて、
「わかった。僕の部屋で話そう」
と、藤川課長とドアへ歩き出す。

藤川課長が「松坂さん」と、振り向いて呼んだ。
「帰りは紺野主任に送ってもらうといい。桐谷課長には僕から事情を話しておくよ」

──えっ?

桐谷専務が隣にいるのに、サラリと秀人の名前を出した藤川課長に慌ててしまう。
「あのっ、そのっ」
と、オロオロする私を、まるで楽しむような藤川課長。
当然、桐谷専務はそのやりとりに目を丸くしていたが、「そうか、君が」と動揺する私を見た。そして、フッと笑みを浮かべると再び歩き出す。

「秀人と、仲良くやりなさい」

そう、優しい声が聞こえた。
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