ヴィーナスパニック
「さっき廊下でぶつかって、お互いノート落として入れ替わっちゃったんだよね!だから返しにきてくれたんだよね、ありがとう!!」
めちゃくちゃ説明臭いセリフではあるけど、もう必死だ。目立って仕方がないこの方に、さっさと自分の教室にお戻り頂かねば!
周囲も『なんだそういう事だったんだ〜』って納得してくれてるし。
「ああそうだったな」
「だよね、じゃあ――」
浅葱くんが持つ私のノートへ、手を伸ばす。
けれど、ひょいと避けられて私の手は宙を掻くことになる。
……ん?
ぐっと浅葱くんは背を屈めると、私に顔を寄せてきた。
不覚にも、ドキッとしてしまう。
“いいのか?お前の秘密をバラしても”
耳元で囁かれる、無機質な低音ボイス。
慌てて離れて彼の表情を凝視してみると、変わらず真顔と思いきやほんの僅かにだけ口角が上げられている……ように思う。
めちゃくちゃ波乱の予感しかしない。
秘密?今とんでもなことサラッと言ったけど、私の秘密って何!?
さなちんの髪が良い匂いすぎて、どうにか自然な形で嗅ごうと躍起になってることとか?
たまにぬいぐるみに話しかけてること?
家でアイドルになりきってむちゃくちゃに踊ってることとか?
羅列してみたらどれもキモい。
でもそんなことじゃない気がする。
「さなちん、ちょっと行ってくるね」
「すみれ大丈夫?あたしもついて行こうか?」
「大丈夫、これは私の問題だから」
さなちんを妙なことに巻き込むわけにはいかない。
踵を返して教室を出ていく浅葱くんの後を、心ここに在らずの状態のまま渋々追うことにした。