ヴィーナスパニック


でも、それは嘘。私だけの秘密。
櫂くんは“ニセ”の好きな人。

高一の頃、さなちんと仲良くなり始めた時のこと。


『ねえ、すみれは好きな人いないの?』


そう聞かれて最初はいないって答えていた。本当にいなかったから、嘘はついてなかった。

でもそれからさなちんの恋バナを聞いたり、他の子もそういう話が好きだから自然と話題の中心は恋愛だった。

ずっといないって言い続けるのも、話が合わなくてつまんない奴って思われるのが嫌で……私はある日、口にしてしまった。


『櫂くんのこと、気になるかも』


さなちんに『恋してないの?』って聞かれて、思わず口をついて出てしまった。


『そうなの!?すみれチャレンジャーだね〜あの櫂くんとはね。でも、応援するよ!嬉しいなぁ、すみれと恋バナできる日がくるなんて』

『あはは、ありがとう……』


本当に嬉しそうに笑ってくれるさなちんを前に少し心が痛んだけれど、もう撤回することもできなかった。

入学した時から有名人だった、浅葱蒼馬と白波瀬櫂。
私と決して交わることのない二人。

学校中の女子達が彼らを奪い合うサバイバル戦は壮絶の極みで、私など踏み潰されて気づかれぬまま終わるのがオチなので加わろうとも思わなかった。

だからこそ、ちょうど良かったんだ。
浅葱くんも櫂くんもみんなのもの。そういう雰囲気になってしまっている。

私がそこに加わっても、ファンが一人増えたっていうだけだもん。
さなちんも本気でくっつけようなんてしないだろうと、思った。

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