ヴィーナスパニック
それから、ひと月ほど経った頃。
「ヤバい、遅れちゃう!!」
私は慌てて教室に入り、机から教科書とノート、筆箱一式を抱えて急いで駆け出した。
次の授業は移動教室なのに、トイレで会った他のクラスの子と喋り込んでつい時間を忘れてしまっていた。
トイレに行く前に、さなちんには先に行っておいてと告げていた。
教室にはもう誰もいない。
焦ってる時って周りが見えなくなるから、いつもより注意力散漫になってしまっていた。
それがいけなかった。
気づけなかった。
廊下の角を曲がる瞬間――視界が唐突に塞がって。『あっ』と思った時には、もう遅かった。
小さく「うおっ、」って声が頭上に降る。
それとほぼ同時に鈍い衝撃が顔だけじゃなく全身に広がり、目の前の“壁”に私は軽く弾かれよろめいた。痛みはない。
誰かと、ぶつかったんだ。
それから床にバサバサと乱雑な音を立てて腕に抱えていた物が、散乱した。
「ご、ごめんなさい……!」
動揺しながらもすぐさま教科書にノートに筆箱を拾い集め、衝突した相手に謝りつつ目を向けた。
その姿を捉えた刹那、身が強張る。
音がしそうな程に、私の顔からは一気に血の気が引いた。
すっごく背が高い、男の子。
見上げた先に、かち合う視線。
そこに立っていたのは――
浅葱蒼馬だった。