偽婚


神藤さんがいなくなってから、私はそのほとんどの時間、眠っていた。

気が抜けたのと、まだ体中が痛いのと、それから脳震盪の影響もあるらしい。


昼を過ぎた頃、コンコン、というノックの音で、目を覚ました。



「杏奈ちゃん」


病室に入ってきたのは、高峰さんだった。

驚いて、慌てて体を起こそうとしたが、うまく動けなかった。



「寝てていいよ。そのままでいいから。大丈夫?」

「大丈夫だけど、何か恥ずかしいからやだ」


私は、病院着で、しかもきっと寝癖もついているだろう。

高峰さんは「ははっ」と笑い、



「そんなこと考える余裕があるのは、元気な証拠だよ」


と、言った。



私は、ベッドのリクライニングのボタンを操作し、上半身だけを起こした。

体勢を変えるのもなかなか苦労したが、でも意外なことに、少し体を起こしている方が楽だった。


高峰さんは、横の丸椅子に腰を下ろす。



「今回は、杏奈ちゃんの事故対応できたんだけど」

「事故対応?」

「あぁ。これから警察の聴取もあるだろうし、相手の保険会社もくるだろうからな。そういうのを、俺が一手に引き受けるんだよ」


弁護士というのは、そんなことまでしてくれるのか。



「ごめんね、高峰さん。元カレのこととか、アパートのこととか、色々とお願いしてるのに、事故のことまでなんて」

「今回は、正式に神藤からの依頼だよ。だから杏奈ちゃんは、何も気にする必要はない」
< 141 / 219 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop