私の中におっさん(魔王)がいる。
* * *
淡いオレンジの光が、中央の縁側に差し込んでいた。そこに突如男が現われた。つま先を縁側につけて着地する。
栗色の髪が風に揺れた。
目線を上げると、角のついたフードを被った少年が腕を組んで柱にもたれていた。
「やあ、毛利さん」
もたれていた背を離し、少年は片手を上げた。
毛利は不審そうに小さく呟く。
「……黒田」
「毛利さん、彼女のこと襲ったんだって?」
「……」
にやらと笑いながら、不躾に言った黒田は毛利に近寄った。
毛利は能面のような表情を崩す事はなかったが、微妙に片方の眉を跳ね上げた。
「どこで聞いた?」
「小娘だよ」
わざと毛利が呼称している呼び方で言って、黒田は嘲笑を浮かべた。毛利は感情のない瞳を向ける。
(こんな時でもそれですか)
黒田は内心感心したが、面白くないという思いも混じる。
「あれですか、やっぱお堅い仕事だし、毛利さん独身だから溜まってたの? 遊びとかしなそうだもんね、アンタ」
からかいと軽蔑が混じった笑みを浮かべる黒田に、毛利はやはり能面のような目を向けた。
「――ああ。それとも、試しに行ったの?」
「……」
冗談めいた声色だったが、黒田の瞳は核心を得るように燃えた。僅かに毛利の眉尻が上がった。黒田はそれを見逃さなかった。
毛利が恋愛以外の他の方法がないかと試しに行った事を黒田は推測していた。そしてそれは今、確信へと変わった。
(案外わかりやすいんだなぁ、この人)
心の奥で密かに笑う。勝利のような優越感が黒田の中にあった。思えば、案外情に優しいんだねと、毛利を揶揄した時、毛利は怒りをあらわにした。
その人が何に対して怒りを覚えるのかを知ることは、とても重要な事だと黒田は考えていた。
毛利が怒りを示したのは、優しいと言われたことに対してだ。
ともすれば、この人は『優しい』と思われたくないということだ。能面のような表情も、それしか出来ないわけではない。僅かながらに表情がある。
それから察するに、毛利は是が非でも知られたくないのだ。自分の内面を――。
そう確信して、黒田は哂う。
毛利の内情を知れた喜びを、確定した事柄を、表情に出さずに実に愉しく笑んだ。だが、黒田の優越は長くは続かなかった。
「では、これは聞いたか?」
「ん?」
「口付けをしたぞ」
「だから、それは――」
「今朝な」
「……今朝?」
急に真顔になった黒田に、今度は毛利がごく僅かに口の端を持ち上げた。
「一度目はともかく、二度目は〝ゆり〟もその気だったみたいだな」
「……」
(――ゆり……)
その名を毛利から発せられた途端、黒田の内で渦巻く物があった。
それが何なのかはすぐには解らなかったが、彼の顔に怒りの色が漏れ始める。
それを見て、毛利は「ふっ」と鼻で笑ったように見えた。
黒田は一瞬ムッとした表情をし、すぐに興味をなくしたように振舞った。
「あっそ」
毛利は黒田を一瞥して、その場を無言で立ち去った。
残された黒田は、苛つかせた表情を浮かべながら留まっていた。
「ミイラ取りがミイラになったな」
にやりと口の端を持ち上げた毛利を黒田は知らない。