私の中におっさん(魔王)がいる。

 * * *


 どれくらい、泣き続けただろう。
 目がじんじんと痛い。泣きすぎて頭がふらついた。星空を見上げると、満天の星が明日への希望のように輝いている。
(なんか、たくさん泣いたらすっきりした)
 ふと、目線を戻すと雪村くんが、どうしたら良いかわからないのか、引きつった笑みで立っていた。
 いまだに狼狽中みたい。

「ねえ、普通さ、女の子が泣いてたら肩を抱くくらいしない?」
「へ!?」

 泣いたからか喉がやられてしまって、声は若干しわ枯れてる。
 雪村くんは驚いた声を上げたっきり顔を真っ赤にしたまま硬直していた。私を好きかどうかは別として、彼が純情というのだけはどうやら本当みたい。ということは、下着を盗んだのは彼じゃないっていうのも、なんだか真実味を帯びる気もする。
 そうなると、一番妖しいのはクロちゃんね。現場にいたし、服の場所見つけたのも彼だし。

「ごめんね」
「え!?」
「雪村くんじゃなかったんだね。下着ドロと、覗き」
「え、ああ、うん。えっ――でも」

 どうして、と訊きたいんだろうけど、残念ながら私は答えないよ。そんなつもり毛頭ないもん。

「ごめんな」

 不意に、雪村くんが頭を深く下げた。顔を上げたときの彼は今にも泣き出しそうな表情で、私はそれに見覚えがあった。

 ゴンゴドーラから救出されて戻ったとき、気分が悪くなって(あと空腹もあって)アニキに運ばれる途中に、あんな顔をしていた。

『いや、俺達の方こそ、ごめんな』

 そう言って、俯いてた。
 あれは、こういうことも含んでいたのかな?

「なんだ、最初に謝ってたんじゃん」
「え?」

 ぼそっと呟いた言葉を聞き取ろうとして、雪村くんは耳に手をやった。

「あの、なに?」
「教えない」
「えっ」

 残念そうに小さく悲鳴が上がる。
 そんな雪村くんが、なんだか可笑しくてくすくすと笑う。

「あの、さ。これからどうするの?」

 気まずそうに訊いて、雪村くんは真っ直ぐに私を見た。そして、早口で捲くし立てる。

「屋敷には居づらいだろ? なんだったら、俺、面倒見るよ。一族とかも関係ないとこ行ってさ、帰る方法見つけるの手伝うよ。と、友達として!」

 鼻息荒く言い終えると、真っ赤な茹蛸みたいな顔で私を凝視する。なんとなく笑えてくるけど、真剣なのはわかった。でも、私は首を振る。

「ううん、行かない」
「え……」
「私、決めたの。魔王をあの人達に渡さないって」
「だったらなおさら――」
「うん。でもさ、このまま逃げたら悔しいじゃない。私、もっとふてぶてしくなっても良いと思うの。だって、魔王を持ってるんだから。あの人達の欲しいもの持ってるんだから」
「えっと、それって?」
「うふふ」

 答える代わりに私は笑った。今度も教えるつもりはない。
 私は、散々泣いて、ふてぶてしくなる覚悟を決めていた。

 出て行くことで魔王を渡さないっていうあてつけをしようと思ってたけど、そんな必要ない。そんな私が一方的に負けを認めるみたいな方法とることない。
 利用すれば良いのよ。
 あの人達が私を騙して利用しようとしたみたく。

 魔王を餌に、屋敷と食事を提供し続けてもらって、私は自分で帰る方法を探すわ。もちろん、魔王をやつらにあげるつもりなんて微塵もない。

 この森が危険だって関係ない。そんなの護衛についてもらうわよ。だって、私が死んだら魔王がどうなるかわからないはずだもん。

 あるもの皆、利用する。ふてぶてしくならなければ、世の中生きてなんていけない。
 ましてや、勝手の違う異世界だもの。

 せいぜい、利用してやるから、楽しみにしとけよ! 
 心の中で盛大に毒づいて、満天の星空を見上げた。

――女なめんな!



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