私の中におっさん(魔王)がいる。
第十三章・こぼれ話。

 (――黒田の思案――)


 夕日が落ちて、空が暗闇への準備を始めている頃、黒田は密かにため息をついた。

 彼女は消え去ってしまった。
 どこに行ったのだろう。
 ……誰を、想い浮かべたのだろう。

 毛利さえ来なければ、彼女の気持ちは確実に黒田のものだった。
 そうすれば、魔王を手にする事ができたのに。
 計画は、失敗してしまった。
 彼女の黒田への不信感も、一気に高まってしまっただろう。
 また一から練り直しだ。
 もしかしたら、風呂場の一件も気づいてしまったかも知れない。

「はあ……」

 黒田は今度は大げさにめ息をついた。

(ペンダント……捨てないでいてくれるかな?)

 黒田は自分の胸に手をあてて、空を見つめた。
 手放してしまった黄色い宝石に想いを馳せる。
 どうして、あれを手放したりしたんだろう。

(翼にでも命令して、適当なものを買ってくるか、持ってくるかさせれば良かったんだ。でも、毛利が彼女の名を呼んでいるのを聞いて、その気だったなんて聞かされて、ムカついて……気を張り過ぎないで、と言われた言葉が、妙に耳に残って――)

「くだらない」

 黒田はため息混じりに自嘲した。
 珍しく、人間(たにん)なんて生き物に、少しだけ想いを寄せてしまった自分に腹が立つ。
 
 自分以外に、自分を守るやつはいないし。
 自分以外に、自分を理解するやつもいない。
 今までだってそうだったし、これからだってそうだと、黒田は自分に言い聞かせる。何より彼にとってはそれが真実であった。
 
 とにかく、魔王を手に入れるために、過ぎた事は受け入れて、対策を立てなければと、黒田は思案を始めた。

 まず、ペンダントは、おそらく彼女は捨てないだろう。
 性格的に見て、腹いせに捨てるような確立は低い。
 つき返しにくる可能性のほうが高いだろう。

 もしも捨ててしまったんだとしても、それはしょうがない。
 いったん手放した以上は、与り知らぬことだ。
 あれは、彼女がどうとでもすればいい――と、結論つけたものの、心の内でざわめくものを感じた。
 だが、黒田は見ないふりをする。

 それよりも、これからのことだと黒田は思考を切り替えた。
 自分の一面を見られたのはまずかった。
 彼女は、確実に怖がっていたようだし。
(なんとかそれを、利用できる手があれば良いんだけど……)

 黒田は、ぐるぐると思案しながら呪符をかざした。
(――いったん、北区画へ帰ろう)

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