私の中におっさん(魔王)がいる。
 (――毛利の目論見――)

 
 上々だ、と薄暗い部屋の中で杯に注いだ酒を手に薄く笑う毛利にいつもの能面はない。

 あそこで黒田の行動を止められたのは大きかった。
 あのままでは、彼女は確実に黒田へ心を許していただろう。

 結果的に計画は露見してしまったが、黒田の評も落とせた。
 恋愛なぞに興味はない毛利が戦うには、少々分が悪かったところだ。

 これで、彼女もやつらを信用しなくなっただろう。
 とくに、黒田と風間への不信感は他の者の比ではあるまいと、毛利はさらに口元のシワを深くする。
 
 風間に対して、ゆりは憧れを強く抱いていたようだったが風間自身にその気はなさそうだったし、ことが露見したことで憧れも砕け散っただろう。

 黒田に関しては、ミイラ取りがミイラになったようだったが、自覚はなさそうだったなと、不意に縁側での対峙を思い出す。黒田の自覚のない恋が実ることはないだろうと毛利はどこか哀れに思った。

 ゆりは、花野井には近親の念を感じていたようだから、他の者よりも若干許容する可能性があるな、と毛利は少しだけ危惧した。

 だが、三条雪村にいたっては、門外漢だろうと安心する。彼女の好感度があったようにはとても思なかったからだ。

 自身への好感度も急降下しただろうが、問題はないだろう。何せ、皆ゼロに等しい位置に立ったのだからと僅かに頬を緩ませたとき、スッと障子の開く音がして、柳が顔を出した。途端に毛利の表情は能面になる。

「毛利さん。やっぱりダメでした。もう自分達じゃもたないそうです。滞在期間中で恐縮ですが一時も早く帰還を願うそうです」
「……そうか」

 抑揚なく言って、杯の酒を飲み干す。
(やはり大臣達では、あの愚鈍な王の相手は務まらんか)
 毛利は僅かに片方の眉を吊り上げた。

「伝書に泣き言た~くさん書いてありますよ。あっ、読みます? これ元々毛利さん当てだし」

 柳は愉しそうに言って、懐から小さな巻物を取り出した。

「いや。良い」

 短く断って、心中で深くため息をついた。

「暢気なものだ。泣きつくだけで良いやつは、気楽で良い。そういう輩に限って、政務を果たせぬくせに、給金だけは貰いたがるものよ」

 毒を吐いた毛利に、柳は殊更愉快そうに口の端を上げた。

「仕方がない。時間がないのでは、あの方法で行くしかあるまい」

 しょうがなし、というように言って、毛利は酒を呷り、柳はまた愉快そうに大きな目を細めた。

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