私の中におっさん(魔王)がいる。
 (――月鵬の憂鬱――)


 花野井が浮かない顔をして戻ってきた。
 厠へ行ったはずなのに、すっきりした表情には見えない。

 お腹でも下したのだろうかと考えていると、花野井は遠い目をした。目の前に酒があるというのに、一滴も飲んでいない。
 これは、明らかにおかしいと月鵬は焦った。

「頭、どうかしたんですか?」
「ん? ああ……」

 花野井は言いよどんで、気まずそうに口にした。

「なんか、バレたみてえ」
「――バレた?」

 月鵬は一瞬何のことか見当がつかなかったが、頭に少女の顔が過ぎった。

「ゆりさんに、ですか?」
「ああ」
「あなた方の、あのくだらない計画を?」
「くだらねえって、おい」
「くだらないじゃないですか。いたいけな少女を恋に落として、その上傷つけるって作戦でしょ? くだらない以外になんて言いますか。卑怯、卑劣、外道、下劣、ですか?」
「ああ、もうわかったって!」

 花野井はバツが悪くなったのか、面倒そうに手をブン! と振って顔を背ける。

 月鵬は、不快そうに眉間にシワを寄せた。
 彼はいつもそうだ。
 そうやって意地を張って、突っ張って、心情を吐露しない。

 本当はこんな事をしたかったはずがない。口では今までの女がどうとか言っていたが、彼は女性を無下に扱った事はない。
 彼は、本当は心から優しい人なのだからと月鵬は切ない瞳を向ける。
 
 しかし、そんなことはゆりにはどうでもいいことだろうと、今度は咎める瞳で花野井を見た。
(こんなやつらのこと、恨んだって良いんだよ? ゆりちゃん)

「それで、どうするんですか?」
「……どうするったってなぁ」
「まだ、魔王を手に入れるつもりなんですか?」
「……」

 花野井は黙り込んだ。
 仕方ねえだろ――そういう風な顔して、酒を飲み干した。

 月鵬は不満たらたらに腕を組んだ。
(何をそんなに、あの人に恩義に感じる事があるのかしらね)
 イラつきながら、月鵬は勢い良く花野井の持っていた酒瓶を奪い取った。

「今日のお酒はそれまでですからね!」
「はあ!?」

 後ろで花野井が抗議の声を上げたが、月鵬は断固として無視した。

< 111 / 116 >

この作品をシェア

pagetop