私の中におっさん(魔王)がいる。
(――風間の内情――)
ランプの光が、暗い部屋を照らす。
神妙な顔つきで、風間は座っていた。
なにやら心配事があるのか、眉間にシワが寄っている。
そこへ、陽炎が降ちた。
障子に人の姿が浮かび上がる。
「結か」
「はい」
結は跪いたまま、僅かに障子を開けた。
そのまま中へは入らずに、障子の隙間から風間の姿を見つける。
「気づかれました」
「……そうか」
短く出された硬い声音に、風間は予期していたのだろうか、驚きもせずに頷く。
「どれくらいだ?」
「装備をしようという話になっていたので、二日、三日……それくらい」
「わかった――どうした?」
了承した風間だったが、すぐに結のようすがおかしいことに気づいた。
いつもならば結はすぐに引き上げるが、今はまだそこに留まっていたからだ。
「主」
「雪村様がなんだ?」
結の言葉は断片的に出される。風間はそれに若干の苛立ちを覚えた。
「女といると思います。あの、例の魔王」
「――やはり、また逃げたか」
言って、風間は手で結をはらった。
結はぺこりと頭を下げてその場を去る。
先程東の門の結界が歪んだ。
シャボン玉を何かが通り抜け、割れずに輪を波紋が伝う。そんなような感覚が雪村に伝わった。結界を破らずにすり抜ける。この場でそんなことが出来る人間は雪村かゆりしかいない。雪村は屋敷にいた。ともすれば、ゆりが魔王の力で結界をすり抜けたのだろうと、風間は考えた。
雪村がその報告をしたさい、風間は自分が様子を見てくると告げたが、雪村は俺に任せてくれと言って風間が止める間もなく走り去っていった。
彼の先程の憂いはその事だった。
ゆりが今抜け出す理由は風間にはわからないが、あの主に女性の扱いがきちんとできるのだろうか。
できるにせよ、できないにせよ、自分の主はどこか抜けている。
ゴンゴドーラくらいの生物ならばまだしも〝やつら〟に遭遇してしまったら、あっさり捕まりかねない。それどころか彼にとってまずいのは、主とゆりの仲が進展する事だった。
風間はぐるぐると思考を巡らせた。
存外、風間は心配性なのである。
自分も行って様子を見るべきだろうか。しばらく考えていると、スッと静かに障子が開いた。
「雪村様」
風間はあからさまに安堵の表情を浮かべたが、雪村はどこか浮かない表情だった。
「どうかなさいましたか?」
また風呂場事件のようなことが起きたのではないかと、一瞬頭を過ぎったが、どうやらそういうことでもないらしい。
「……気づいたよ。彼女」
「え?」
「風間達が企んでたこと。恋に落とすってやつ」
「……そうですか」
浮かない顔のまま、雪村は部屋を出て行った。
かわいそうな主。
彼は誰よりも優しいから……。
欺こうとした少女よりも、嫌々ながら加担した主を不憫に思う。
風間にとっては、ゆりはその程度の存在なのだ。むろん、魔王としてみるならば話は別だったが。
こうして、各々の夜は更けて行く。