私の中におっさん(魔王)がいる。
第十四章・襲撃。
 ピチ、ピーチ。

「……うぎゅ」

 可笑しな鳴き声にぼんやりと意識が覚醒する。寝返りを打った。眩しい光に目を細めながら、瞬きする。
 鳴き声のする方にもう一度寝返りをうつと、鳥の影が障子に映っていた。

 確か、この鳥は雀に似ているのに、青色の体毛の鳥だ。名前は知らないけど、その辺でよく見る鳥だった。

「う~ん……!」

 伸びをして、布団から起き上がる。気分はすっきりしていた。
 無意識にあった不安感を何とか誤魔化そうとする空元気もない。
 気分は上々だ。
 泣いて不安や不満を吐き出したせいなのか、それとも、決意を定めたからなのか、心は晴々としていた。
 
 昨夜の雪村くんにも、感謝しなきゃね。
 あのうろたえっぷりのおかげで、私は笑えたし、それに救われたような気がしたから。

 あの後、雪村くんは屋敷に戻るまで、「あの人達と一緒で辛くないか」とか「やっていけるか」などと色々と心配してくれていた。
 思い出して、くすっと笑いが洩れる。

 みなぎるパワーを感じながら、私は起き上がり、勢いよく障子を開けた。

「相変わらず目覚めが遅いな」

 びっくりして思わずそのまま固まってしまった。
 目の前には、何故か魔女っ子帽子みたいな鎧兜をつけた毛利さんが立っていたからだ。

 何故に魔女っ子!? 何故にトンガリ帽!?――いや。なんでそんな鎧兜をつけているのかは問題じゃない。ものすごく気になるけど、気にしちゃダメ。
 私は毅然とした態度で毛利さんを見た。

「おはようございます」
「朝ではない。もう昼だ」

 すまし顔をしたところに、間髪入れずに突っ込まれた。
 頬が若干引きつる。

「では、おそようございます」
「造語をするな。腹立たしい」

(腹立たしいのは、コッチ!)

 私は言い返したい気持ちになった。でも、こういうのは熱くなった方が負けよね。私はおもむろに咳払いをして気持ちを落ち着かせると、毛利さんを見据えた。
 
 よく見てみると、毛利さんは兜だけではなく、鎧もつけていた。厳つく、野暮ったい鎧ではなく、なんとなくスタイリッシュだ。

 漆黒で統一された鎧に、白銀の飾りがついている。厳つく見えないのは、その上から着物を羽織ってるからかも知れない。
 黒い生地に、襟の部分が赤い着物だ。

 だけどそのせいで、魔女っ子みたいに見えてるんだ。まるで兜と相まって、和版ハリー○ッターみたい。
 脳にむくむくとイメージが沸き立って来た。

――いくでござるよ、○クスペリ○ームス!

「――ぶはっ!」

 思わず毛利さんが杖を振り翳しているところを想像して、噴出してしまった。にやつく頬を手で押さえる。

「おい!」
「はい!」

 毛利さんの怒声交じりの呼びかけに、私は反射的に応じていた。

「貴様今、馬鹿にしていたか?」
「いいえ! 滅相もございません!」

 表情は相変わらずの能面だけど、声音から苛つきが感じられて、思わず下手に出る。ブンブンと手を横に振る私を疑心に満ちた目で見て、毛利さんは短く息を吐いた。

「柳!」
「ん? ――きゃあ!」

 突然、背後に何かが落ちてきた気配を感じて、驚きながら振り返ろうとすると同時に誰かに羽交い絞めにされた。
 背中から腕を押さえ込むように、抱きつかれてる。

「誰!?」

 肩越しに確認すると、黒髪が覗く。柳くんだった。

「ちょ、なんなの!?」
「すいません、これも仕事なんで。役得ですけど! お姉さん好い匂いしますね!」

 真面目な顔して、快活に言うことか。特に最後の。

「ちょ、柳くん離して! 毛利さんもこれなんとかして下さい!」
「連れて来い」
「はい。――動かないで下さいね」

 少しだけトーンを落として言った柳くんは、クナイのような刃物を私の首筋に押し当ててきた。

「ひっ」

 皮膚が切れるか切れないか、ギリギリの距離で止めた。
 背筋にひやりと悪寒が走る。
 
「さ、歩いて下さい。抵抗したら遠慮なく顔、切りつけますよ」

 キビキビとした声音で発せられる無慈悲な命令。柳くんは真面目で明るい少年っていう印象だったのに。ヤバイ人なの!?
 部屋から押し出されるように、一歩前へ足を踏み出したときだ。

「良いですか、ちゃんと説明をするんですよ。丁寧に、礼節をもって! これには行き違いがあると」
「わかってるよ!」

 左方向の縁側から、ガミガミと何やら言い聞かせている様子の風間さんと、それを鬱陶しそうにあしらおうとする雪村くんが歩いてきた。

「えっと……それで……よし、そう言って……それで……」

 右方向の縁側からは、独りでブツブツとシュミレーションをするように歩いてくるクロちゃんが見えた。

「!」

 同時に顔をこっちに向けて、私の姿を捉える。私の眼球は視野を広げようと、左右に別れるよう努力した。攣りそうです。
 眼球が、呆然としたようすで凝視している三人を捕らえた。

「なにやってんの!?」

 二秒位して、クロちゃんがそう叫んだ。
 それを合図にしたかのように、私ももちろん、みんなが我に帰り口々に叫び始めた。

「助けて!」
「毛利様、これはいったいどういうつもりですか!?」
「そうだよ、違反行為じゃないの!?」
「え、なに、なに、どうなってんの? あっ余興?」

 雪村く~ん! この天然ちゃんっ! 空気読め! 余興のわけないでしょーがっ!

「どうしますか? 殺しますか?」

 快活な声音に似つかわしくない物騒な発言が上がった。
 柳くんの一言で、場にピリピリとした緊張感が漂う。

「……いや。それはまずい」

 毛利さんが一言そう告げて、空気はほんの少し弛んだ。毛利さんは、クロちゃんを振り返ると、

「黒田、違反行為だと言ったが、魔王を攫ってはいけないという取り決めはしていないはずだ」
「――取り決めはしてないけど、普通そうだろ!?」

 唖然としたようすで、クロちゃんは叫んだ。

「普通とはなんだ」
「え!? ……えっと、だから――」

 一瞬、空間が歪んだ。ぐるっと景色が回る感覚がして、私達は誰もいない廊下に転移していた。

「さ、歩いて下さい」

 明朗に柳くんが言って、押し出されるように歩き出す。
 どうやら、毛利さんが転移し、半径一メートル以内にいた私達も転移してきたみたい。

 今頃きっと、クロちゃんはブチ切れてるだろうな……。

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