私の中におっさん(魔王)がいる。
「言ったっけ? そんなこと」
「言った!」

 即答で返された。なんとか誤魔化そうとしたけど、ダメだったっぽい。
 キッと鋭い目線で見られて、無言の圧力を感じるけど、そんなことをされても言えないものは言えない。

「襲われたの?」
「え!? なんでそれ――!」

(ヤバッ!)
 思わずぽろりと飛び出してしまった。すぐに口を塞いだけど、時すでに遅し。

「ふ~ん……」

 不機嫌な笑みクロちゃんは呟いて、突然私に詰め寄ってきた。

「で? どこまでされた、何された?」
「へ?」

 矢継ぎ早で問われて、顔が引きつる。クロちゃんは間髪入れずに語気を荒げた。

「――いいから言え!」
「はいぃっ!」


 * * *


 クロちゃんの迫力に押されて、結局喋ってしまった。
 恥ずかしさで、胸がいっぱいだ。

「――キスと、太ももと、首筋ね」
「ちょっと声に出して言わないでよ!」

 恥ずかしいじゃないっ! 

「その先は覚えてないってこと?」
「なんか……気絶したみたいで」
「ふ~ん……気絶ね」

 言い含んで、クロちゃんは私をジロジロと見てきた。

「あ、あんまり見ないで!」

 恥ずかしさに耐え切れず、肩に手をやって追いやろうとすると、その手を掴まれた。
 一瞬だけムッとした表情で私を見て、すぐに真剣な表情へと変わった。
 その眼差しにドキッとする。

「知ってる?」
「……え?」
「消毒する方法あるんだけど」

 囁くように言って、私の顎をくいっと持ち上げた。
 そのまま、クロちゃんの綺麗な緑色の瞳が近づいてくる。
(キ、キスされる!?)
 思わずぎゅっと目を瞑った。

「……ハハッ!」
「へ?」
 
 不意の笑い声に瞼を開けると、クロちゃんは可笑しそうに笑っていた。
 事情が呑み込めない。どういうこと?

「冗談だよ」

 クロちゃんはふっと微笑んだ。

「ちょっと、もう!」
「ハハハッ!」
「びっくりしたんだからね!」

 クロちゃんの肩をぺんっと叩く。クロちゃんはまだ笑ってた。

(なによもう! そんなに笑うことないじゃないっ! 乙女の純情ってのがあるのよ、私にだってっ!)

 頬を膨らませた私に、クロちゃんは、「ごめん、ごめん!」と言って背中を軽く叩いた。ごめんで済んだら警察はいらないんですからねぇえ! と拗ねようとしたときだ。

「グェ、グェ」

 蛙の鳴き声のような声がスカートのポケットから響いた。
 私は、驚いて肩を震わせる。
 ポケットの中でガサゴソと動く何かがいる。
 もしかして……蛙?

「きゃああ! クロちゃんこれ、これ取ってええ!」

 パニックになりながら私は、クロちゃんにしがみついた。
 一瞬驚いた声を上げてから、クロちゃんはポケットに手を突っ込んだ。

「やだやだやだやだ! 蛙嫌いっ! 怖い!」
「なんだ、ウロガンドじゃん」
「……へ?」

 拍子抜けしたような声に、強く瞑っていた目を開けた。
 クロちゃんが摘むようにして持っていたのは、小さなドラゴンの尾だった。
 
「時間になったから知らせたんだよ」
「え?」

 目をぱちくりとさせてしまう。
 小さなドラゴンは自分の尾を銜え始めた。蛇のような体に、変わった羽が生えている。丸い羽で、文字が書いてあって、それが序所に、丸まった体につくようにして動く。たしかに、ウロガンドの時計盤だ。
 そう気づいた途端、ドラゴンは元のウロガンドの形へと戻った。

「これ、どうなってるの?――生き物?」

 呆然とした私に、クロちゃんは即答した。

「違う。機械だよ」
「そうなんだ。でも、妙にリアルだったね」
「うん、まあね。伝説上のドラゴンをモチーフにしたんだって。ヨルムンガンドとウロボロスっていうやつ」
「へえ、そうなんだ。でも良かった。蛙じゃなくて」

 私は小さく安堵の息をつく。

「じゃあ、戻るね」

 そう告げて手を振る私に、クロちゃんはにこやかに手を振り替えした。
 目を閉じて一歩踏み出すと、中央の和室の中にいた。
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