冬の王子様の想い人
「七海、ごめん。遅くなって」


いつもと変わらない甘やかな声が背後から響いた。なのに身体が強張ってうまく声が出ない。

返事をしない私を訝しんだのか、顔を覗き込んだ彼の表情が一変した。


「七海!? どうした、体調が悪いのか?」

私の額に大きな手を当てて慌てたように尋ねる。その温もりが優しくて泣きたくなった。

「……ううん、あの、違うの」

その時、軽やかな声が割り込んできた。


「雪華くん! 私も一緒に帰っていいい?」

ふわりと風にたなびく長い茶色の緩い巻き髪。小さな顔に華奢な身体つきの女の子が甘えるように名前を呼んだ。


「ねえ、いいでしょ? 雪華くん」
「……葉山」

楠本くんが苦虫を嚙み潰したような表情で呟く。


その声に思わず目の前に突如現れた女の子を凝視してしまう。名前を親し気に呼んだ光景に胸がツキリと痛んだ。

幼馴染というべき存在なんだから名前で呼ぶのは仕方ない。わかっているのにどうしても冷静になれない。


「……葉山、七海の体調が悪いから一緒に帰れない。それと何回も言ってるけど、小さい頃の呼び方で呼ぶな」

抑揚のない声でキッパリと断る雪華に、葉山さんは初めて気がついたと言わんばかりに瞬きをして私をじっと見つめた。
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