この度、仮面夫婦の妊婦妻になりまして。【完】
「…………中絶する、とは言わないんだな」


 タオルドライしていた手が止まる。確かに女子高生の時だって、中絶の法律とか倫理的な問題が云々とかいうニュースを見てきた覚えがある。

 こちらに中絶がある事は知らなかったけど、中絶という言葉も意味も、別に知らなかった訳じゃない。


「中絶、して欲しかったんですか?」

「いや、違う!そんなことは無い……。ただ、貴女にとっては見知らぬ男の子供をいつの間にか宿している事になるからな……。男でもそんな状況になれば嫌かもしれないと想像がつ……」


 ――嫌だ。
 中絶は絶対に嫌だ。

 まるで自分の中に元々あったかのような答えだった。
 今まで凪いでいた自分の奥底が揺らぐ。絶対にそれだけは、と。


「――待て、何故泣いているんだ?」


 私のしゃくりあげた声に気が付いて、ローデリヒさんはギョッとしたように顔を上げる。私は手で目元を拭いながら、首を横に振った。


「分からない。……分からないんです。ただ……、悲しくて」
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