この度、仮面夫婦の妊婦妻になりまして。【完】
 狼狽えるように私に手を伸ばそうとしたけれど、ローデリヒさんは触れるか触れないかの所で、握り拳を作った。

 流石に私だって気付いてる。
 この人は、いつも私に不用意に触れないようにしている。


「……すまない。貴女を泣かせてばかりで」

「違います!」


 ローデリヒさんの声に被せて否定した。だって、こればっかりはローデリヒさんのせいじゃない。
 確かに彼の言うとおり、知らない場所で、知らない人の子供を妊娠していて、産めなんて、到底出来るものじゃない。

 私だって逃げたいって思ってる。
 まだ妊娠初期段階。これから先は長い。
 悪阻だって苦しくて、辛くて、正直言うともう嫌だ。

 でも、中絶っていう具体的な言葉も、方法も全く浮かんでこなかった。


「本能、なんですかね?中絶しようなんて思いもしなかったんです。確かに悪阻は辛いけど、中絶って考えるだけでなんだか泣けてきちゃって……」


 また一つしゃくりあげた。ひくり、と引き攣る喉を抑えたくて、私はギュッと拳を握る。
 彼はまるで自分が怪我をしたかのように、痛々しい表情を浮かべた。
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