この度、仮面夫婦の妊婦妻になりまして。【完】
 縋り付くように彼の手を握り返す。私よりほんの少しだけ大きい彼の手は、とても温かかった。


「じ、じょ、が……」


 カラカラになっていた喉から搾るように声を出す。私の声を的確に拾ってくれた彼は、眉を寄せた。


「侍女?」

「殿下!急に飛び出されたら困ります!……そちらの方は?」


 次々に木々の合間から軍馬が現れる。馬上の一人が少年に声を掛けて、私の存在に気付いた。


「どうやら殺されそうになっていたようだ。おそらく裕福な商家の娘か貴族の娘だと思うが――、それよりもまだ襲われている者がいるらしい。助けに行ってくれ」


 少年が顎で指し示した方向は、私が来た道だった。よく見ると未だにぬかるんだ土に足跡がついている。少年の忠実そうな部下達は、心得たとばかりにそちらの方へと馬を走らせていく。


「……すまない。矢継ぎ早に聞いてしまった。もう大丈夫だ。怖い事はもうないか?」
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