この度、仮面夫婦の妊婦妻になりまして。【完】
 その出来事からしばらく経ってから、べティーナは静かに体力を減らして亡くなった。元々妊婦の時に身体を壊していたのだ。むしろローデリヒがある程度物心画つく頃まで生きられたのは良かった方だと、宮廷医長は話していた。

 ポツポツとべティーナが引っかかる言動をする事は幾度となくあった。だが、昔からのことで慣れてしまっていたローデリヒには、身体を壊していると知っていた皆には、さして気に留めることでもない。

 だから、違和感を抱いていてもすぐに流してしまっていたのである。

 ボタンを掛け違えていた事にも気付かないまま。


 しばしの間、葬式が終わってもローデリヒは落ち込んでいた。いつか死ぬ時が来る。べティーナが長くない事はローデリヒだって知っていた。しかし、その時を迎えても受け入れられない年頃。いくら聡いとはいえ、まだ十にも満たない子供なのだ。

 神童だった父のようにはならない剣術に身が入らなかったり、ふとした瞬間にうわの空になったり。毎日毎日、王城近くのべティーナの墓に通ったり。

 べティーナが亡くなった後に思う存分泣いたから、涙はほとんど出尽くしていた。壊れた蛇口のように止まらないのではないか、と思っていた涙は時間と共に自然と止まった。

 それでも、居なくなった人は戻っては来ない。

 その日もべティーナの墓に行こうとしていた。ローデリヒにとっては、もはや日々のルーティンと化している。

 昨日、墓石に置いていた花束がどこかに吹き飛ばされてしまっていたから、今日は母親の好きだった薔薇を持って行こう。
 そんな軽い気持ちで、後宮に足を踏み入れた。真っ直ぐにべティーナの部屋へと足を向ける。部屋の主が居なくなっても、そこは綺麗に保たれていた。
< 525 / 654 >

この作品をシェア

pagetop