私の中におっさん(魔王)がいる。~雪村の章~

「あの大戦の折、三条一族はその戦績を評価され、あと一歩で、功歩の民として迎えられるところだったのですよ」
「え?」
「風間様がそう持っていって下さっていたのです。王に取り入り、戦績を上げることによって、永住権を手に入れようとなさっていて下さった。その努力を、貴方は無に帰したわけですよ」

 責めるように言った廉抹に、もう少し言い方があるだろうと、間空も、またゆりも思ったがそれを口に出す気はなかった。

 間空は功歩に就く前、旅をしていた頃の一族の境遇も、願いも、廉抹の思いも知っていたし、雪村には厳しく、突き放す事も必要だとも思ったからだ。

 ゆりは、間空とは少し違った。一族でない自分が口を挟んで良い問題だとも思わなかったし、間空に以前に聞いた事を思い出したからだ。

 間空の父も母も、三条一族の多くが、安住の地を望んでいたと――。

 ゆりはちらりと留火を見た。留火は茫然と目を伏せ、地面を見つめている。
(きっと留火さんの、風間さんの、間空さんの、もしかしたら結も、昔からの夢だったのかも知れない)

 それが、今一歩で潰えてしまった。そう思うと、胸が苦しくて、ゆりは口を挟む事が出来なかった。

(でも、雪村くんが敵国の人間でも人を殺したくないって言うのはすごく分かるよ)
 雪村の気持ちは、ゆりにはひどく真っ当なものに思えた。

「俺が……」
 二の句が告げない雪村に、廉抹はなおも冷たく突き放すように言った。

「王が嘆願と手柄だけで許すと思いますか? 約束を破棄しただけでは、王の怒りは治まらず、風間様はある提案をしたのです。我らが一族が、間者となって列国に赴くことを」
「今の仕事って……そうなのか?」

 どういう経緯で間者になったのか、雪村は知らなかった。
 これまで興味もなかったし、誰もどうしてそうなったのか言っては来なかった。

 ある日突然、当時頭首だった間空がそう宣言したので、深くは考えなかったのだ。雪村だけではない。三条の殆どの者が、そういう仕事が入ってきたのか――と、その程度の認識でいた。もちろん留火も。

「風間様がこの申し出をしなければ、雪村様の首は刎ねられ、自分達は国外追放となっていたでしょう。悪くすれば、自分達の命すらなかったかも知れません」
 初めて経緯を聞いた留火は、紺色の瞳に涙を滲ませた。

「風間様、どれほど悔しかったでしょうね。私達の悲願が叶う手前で反古になり、その上、命を軽く見られる仕事に就く事を志願するなど」
「俺……全然、知らなかった」
 呆然と呟いた雪村に、廉抹は呆れた瞳を投げた。

「本来、知らなかったじゃ済まないんですがね」
「そう言うな、廉抹。言わなかった私や、伝えたがらなかった風間にも責はある」
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