私の中におっさん(魔王)がいる。~雪村の章~

 風間は、事の真相を誰にも伝えたがらなかった。
 他の誰よりも風間にとって、雪村は大切な存在だった。その彼がこの事を知ったら、ひどく落ち込むに決まっているし、そんな事が広まっては、当時次期頭首だった雪村の面子を潰しかねない。本人は面子など気にしないだろうが、雪村への一族の求心力が無くなる事を危惧したのだ。

 だが、報告すべき上司である間空には言うより他なかった。
 そして、廉抹に至っては別の理由があった。
 
 廉抹は、竜王機関の人間だった。正確には、三条一族の者であったが、竜王機関の人間が廉抹に接触し、『三条一族の歴史を記さないか』と、廉抹をスカウトしたのだ。

 一族の者以外が交じる事を許さない三条に、竜王機関が潜入するのは不可能だったのだ。そこで、竜王機関は三条の誰かを竜王機関に属する事に作戦を変更した。

 話を持ちかけられた廉抹は、その話にひどく惹かれた。と言うのも、彼は三条が受けてきた迫害の歴史を誰かに伝えたいと思っていたからだ。

 一族は、功歩に居つく前、世界中を転々としていた。
 戦争を生業とせねばならず、傷つき、死んだ仲間もたくさんいた。
 旅は続けていかなければならないものともなれば、途端に過酷なものへと変貌する。旅の途中で病にかかり、命を落とす者もいた。

 何より辛いのは、旅の途中立ち寄った村や町、そして招かれて行った国々で、冷たい視線を向けられる事だった。
 中には尊敬の眼差しで見てくる者もいたが、殆どの者は恐れ、野蛮な獣を見るように、冷ややかな目つきで彼らを見た。

 あの瞳を見ていると、自分は人間ではないのかと思えてくる。同じ人間なのにと、三条の殆どの者が嘆いた事があった。
 その過酷な日常を、廉抹は一族以外の誰かに知って欲しかった。

 その想いから、廉抹は竜王機関に属することを決めた。
 まず、当時頭首であった間空に相談し、当時どちらが執事になるかで競っていた風間を招いて報告した。

 間空は喜んでいたが、風間は少し渋った。
 それは、その時もうすでに風間が雪村と共に、間空から魔王や魔竜の存在を聞いていたからだ。

 それらの存在が外部に洩れる事を恐れたのだ。だが、廉抹も竜王機関も魔竜の操り方に関しては、一切外部には洩らさないと誓ったので、賛成する事に決めた。

 廉抹は、竜王機関に属すことにより、三条の決断、特に歴史的な決断において口を出す事を禁じられた。竜王機関は、歴史に直接関わってはいけないからだ。

 廉抹が風間よりも実力が上なのに、立場が逆で、上に従うのが常識の三条の中でも、特に自分の意見は言わないイエスマンなのには、そういう理由があったのだ。

「でも、雪村様が蹴ったから永住権が無くなった事と、今回の風間様の件と、どう関係があるのですか?」
 眉根を寄せながら、不思議そうに留火は尋ねた。
 答えたのは間空だった。
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