私の中におっさん(魔王)がいる。~雪村の章~

「驚いたでしょう?」
「そりゃ、驚くだろ。なんだよアレ」
 完全にドン引きした表情で、ヤーセルは風間に向き直る。

「女の子ですよ。年齢は知りません。ここからじゃ、暗くて見えないので。でも、おそらく少女でしょうね」
「そんなもんが、なんでここにいんだよ?」
 ヤーセルの素朴な質問に、風間は軽蔑を含んだ瞳で答えた。

「ここの主人の玩具でしょう。時折やって来ては酷い事をしてるみたいですよ。先日までは牢の中に二人いましたが、今は一人の動きしか確認できませんね。そういえば、彼女が喚くようになったのは、それからです」
「酷い事って……なんだよ?」

 どことなく期待を込めたように、怖いもの聞きたさでヤーセルは尋ねる。
 風間は少女の悲鳴や、主人らしき男の哄笑を思い出し、更に軽蔑の色を濃くした。
 そして、究極の愛想笑いを作る。

「御自分で確かめてきたら如何ですか?」
「いや、止めとくわ」

 裂傷だらけの女など見たくはない。以前のヤーセルならば嬉々として見に行ったかも知れないが、ヤーセルはかぶりを振った。
 おそらくもう一人とやらは、死んでいるだろうし――。ヤーセルは少女の牢の状態を予測して苦笑を漏らす。

「さすが、或屡のお友達。やる事えげつないねェ」
「やはり、ここは或屡様の相識ある人物の邸宅でしたか」
「そ。何処だと思うよ?」

 軽く問うたヤーセルは、ずるずると鉄格子を掴みながらしゃがんだ。風間と目を合わせて、したり顔で笑う。

「なんと、美章だぜ。今回の進軍にも一役買ってんだとよ。その御友人とやらはよ」
「……では、獅凱(シガイ)ですか? それとも、時丈(トキタケ)?」
 ヤーセルは意外そうに驚いて、肩を竦めた。
「時丈だ。良く分かったな」
「私が功歩から誰かを拉致し、隠すとしても、その二つのどちらかにするでしょうから」

 ヤーセルはその意味が良く分からず、怪訝に片方の眉を吊り上げた。
 獅凱と時丈はいずれも美章にある、小さな町村だった。獅凱は村で、時丈は小さな町である。この二つの町村は、美章と功歩の国境沿いにあった。

「どちらも功歩から、一年前に返還された土地です」
「なるほどね」

 ヤーセルは納得して小さく頷いた。
 返還されたと言っても、獅凱も時丈も、まだ事実上の植民地である。
 功歩の民が多く移り住み、美章の民を安い賃金で雇い、労働者として働かせている。金を払うところはまだ良い。中には奴隷のように扱う者も居ると聞く。

「そんな中で、こんな立派な屋敷を持てる美章人ってのは、相当な金持ちなんだろうなァ」
「あるいは、相当な地位にいる者か……ですね」

 風間は口元に微笑みを湛えていたが、瞳は侮蔑の色が濃かった。
 ヤーセルは、不意にゼアを仰ぎ見る。
 ゼアはその視線に気がついて、こくんと頷いた。

「もっとお話してーのは、山々なんだけどよ。そろそろ、お別れの時間だ」
「……そうですか」

 風間は静かに瞳を閉じた。
 ヤーセルは複雑な表情をし、全てを察している風間を見据えた。

 懐から小さな竹筒を取り出す。それを口元に持ってきて、目を瞑っている風間に向けて放った。

 竹筒から放たれた矢は、風間の腕に突き刺さり、一瞬痛みで顔を歪めた後、ことりと床に倒れた。風間の全身が小さく痙攣し始める。

「痺れ薬だ。一時的に動けなくなるだけだからよ」
 ヤーセルが短く言って、鉄格子から離れた。ゼアが鍵を開けて牢に入り、風間を抱え上げた。

「さて、帰国しようかねェ」
 唄うように呟いたヤーセルの声は、明かりを知らない地下牢に小さく反響した。



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