私の中におっさん(魔王)がいる。~雪村の章~
第十六章・処刑の日

 風間は暗がりの中で目を覚ました。冷たい岩壁が背を冷やし、風間は上半身を起こした。
「……っ」
 まだ手足が僅かに痺れていた。運ばれる最中、幾度か毒が切れる頃になると、吹き矢を放たれたことを思い出して顔を顰めた。

 大きく一息つく。
 両手には、まだ消者石の手錠がかけられたままだったが、向きは前から後ろ手に変えられていた。

 目線を正面へ向けると、そこは明らかに風間が四ヶ月もの間いた牢ではなかった。
 牢の正面には煌々とランプが灯り、鉄格子の前には、鎧を着た番兵が槍を持って立っていた。

 そこに、コツン、コツン――と足音が響いてくる。番兵は敬礼をして、さっと横へ退いた。牢に顔を出したのは、三十代前半くらいの、中肉中背の男だった。

 風間は少しよろめきながら立ち上がり、鉄格子の前まで歩いた。
 正面に並んだ男は風間と同じ身長だったので、ちょうど風間と目が合う。

「セバス様ですね?」
 風間の問いに、セバスは答えず冷眼を送る。
「ヤーセルさんには、お世話になりました」
「誰のことか分からないな」

 にこやかな笑みを向けた風間を睨みつけて、セバスは後ろに伴っていた衛兵達に顎で合図を送った。四人の衛兵は小走りで駆けて来て、牢の鍵を開けた。
 衛兵はすかさず、風間の顔を覆うように麻袋を被せた。

「今から貴様は、絞首刑に処される。――覚悟しておけ。野蛮な渡歩よ」
 冷たく嘲る声音に、風間は静かに瞳を閉じる。

 自分ひとりの命で済むのなら、それで良い。それが良い――風間は強く願った。
 一縷の望みを賭けて、処刑台で、王に雪村や一族が助かるように懇願しよう。
 そこに、唄うような女の声が響いた。

「――あなたの、お名前なぁに?」
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