私の中におっさん(魔王)がいる。~雪村の章~

 * * *

 午後、三時十五分――。
 絞首刑台を見上げる群衆の群れ。絞首刑台の正面、程なく離れた場所に王の座す椅子がある。血なまぐさい場所に相応しくない煌びやかな椅子には、どことなく複雑そうな表情の戯王がいた。

 此度の事は自分ひとりが招いた事、雪村様と一族の命だけは許してくれ――そう、哀願して死んだ男を戯王は眺めた。

 麻袋を被り、くぐもった声で喉が裂けるように叫んでいた男は、足の台を蹴り飛ばされて、バタバタと足を動かし、引き攣らせ、後ろ手にされた解けない手錠を揺さぶり、全身でもがいて死んだ。

 王は、その顔を見なくて良かったと心底思った。彼は男の、誇り高く、柔和な表情の裏で、野心を秘めているような蒼い瞳が好きだった。
 その彼の、汚濁にまみれた表情を見ないですんで、ほっとした心地がしていた。

「王よ。大君よ。情けをおかけになられますか?」
 後ろに控えていた或屡が、跪きながら尋ねた。そんな言い方をされれば、戯王がうんと頷くことはないと知っていた。揺れそうになっている王を、或屡は逃がすことなく絡めとる。

「クラプションへ放った部隊を、退かせますか?」
 退く、戯王はその言葉が嫌いであった。だからこそ、或屡はあえてその言葉を使った。王の鼻がぴくりと動く。

「……いや」
 戯王は一言だけ述べて、立ち上がった。

 危険分子をそのまま放って置くわけにはいかない。他国に与されたら、それこそ脅威になりかねない。
(三条家が、復讐に燃える可能性は高いのだからな)
 王は重苦しい決心を固めて、歩き出した。

「城に戻る」
「ハッ」

 王は或屡と衛兵を伴って、絞首刑の広場から消えた。民衆達も、ぶらさがった男を哀れんで、あるいは侮蔑するように見て、ひとり、また、ひとりとその場を後にする。

 人もまばらになった広場に取り残された男は、ぶらん、ぶらん――と、風にたなびいて小さく揺れる。

 それを、一定時間眺めている者がいた。フードをかぶったその人物は、長身ゆえに長い腕を空中にぶら下がった男に向けて伸ばした。

 すると、空しく伸びきった男の足先から、一筋の煙が上がった。
 次の瞬間、男は赤々しい炎に飲まれた。
 見張りの兵士は驚いて声を上げて見上げ、人々も突然の出来事に悲鳴を上げる。

 炎は、首の縄を焼け切り、男は地面へと落下した。どこの誰だとも判別できないほど、黒焦げになった男の死体を、長身の人物は一瞥して雑踏の中に消えていった。
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