私の中におっさん(魔王)がいる。~雪村の章~
* * *
ゆりが一階に下りると、驚愕する事が起こっていた。階段の少し手前、玄関で功歩軍が結界に阻まれて、少しも前進出来ずにいたのだ。
結界の前には、負傷して額から血を流す兵士も何人かいた。武器が折れ曲がっていることから、無理に前進しようとして、結界を攻撃し、武器が折れ、額に当たったようだ。
(さっきの悲鳴って、この人達の……)
ゆりは、ほっと胸を撫で下ろす。
結界は、二十代後半くらいの女と、中年の痩せ型の男が張っていて、周りに数十人の三条家の者がいた。
ゆりは近寄ろうと歩き出した。その瞬間、苛立たしい声音が聞こえてくる。
「クソッ!」
兵士達は癇癪を起こして、腰につけていた麻袋を床に叩きつけた。
「どうしたんですか?」
ゆりはそっと、一番手前にいた女性に話しかけた。
彼女は振り返ると、どことなく心配そうな表情を向ける。
「あの中に消者石が入っていたらしいんだけど、中身が入れ替わってたみたいで、ただの粉になってたの」
「消者石?」
「そう。能力者の能力を封印する石……」
彼女はなおも心配そうな瞳を兵士達に投げた。
能力を封印するものが使えないのなら、それに越した事はないはずなのに、何故彼女は不安そうなのだろうかと、ゆりは怪訝に彼女を見る。
その視線に気がついたのか、彼女はゆりに微苦笑を送った。
「ここで食い止められても、私達にかけられた冤罪が解けるわけじゃないから」
そっか――と、ゆりは複雑な気持ちで彼女を見据えた。
「それにここに居たらいずれ捕まってしまうし、この功歩から逃げようにも、国境にまで軍を配置されてしまったら逃げられないわ」
「大丈夫です。間空さんから預かった転移の呪符があるので、皆でどこかの穴蔵に逃げましょう」
「本当に?」
「はい」
彼女は心底安堵したように、うんと頷いた。
「じゃあ、早くここを出なくちゃ」
彼女は緩ませた頬を引き締めると、他の者にも告げてくると言って駆けて行った。その時、結界の先端で氷の槍が雨のように振り、結界に激しい衝突音を響かせ、粉々に砕け散った。
ゆりはそれを恐ろしく思いながら見るが、首を振って気合を入れた。
「怖がってる場合じゃない!」
己を奮い立たせて、最前線で結界を張っている二人の側へ駆け寄った。
両手を結界の前に翳している女に近寄ると、キッと凄んだ瞳を向けられた。