私の中におっさん(魔王)がいる。~雪村の章~

  ** *

 部屋を出て突き当たりの角を曲がると、廊下の先で激しい物音がした。
 ゆりは一瞬肩をビクつかせ、そろりと足を運ぶ。
 廊下の先の曲がり角を覗くと、その先にはまた真っ直ぐに伸びた廊下があり、しんと静まり返っていた。

 ゆりは首を傾げながら後ろを振り返った。
 そのとき頭の後ろの方から、誰かの怒鳴り声が響いてきた。
 慌てて振り返ると、目線の先が通路を捉えた。

 廊下の途中に、まるで隠されるように暗い廊下があったのだ。
 その暗闇に満ちたような場所から、金糸が躍り出た。

「え?」

 ゆりは思わず呆然とした。
 糸かと思われた細いものは糸ではなく、長く美しい髪の毛だった。そしてゆりは、その髪の持ち主を知っていた。

「月鵬さん!」
「ゆり、ちゃん」

 月鵬は一瞬驚いた表情をし、すぐに前へ躍り出た。
 通路から矢が飛んできて、壁に勢い良く突き刺さる。

「チッ!」

 軽く舌打ちをして、月鵬は苦々しく矢が飛んできた方向を睨み、そのままゆりの横を通り過ぎた。
「待て!」

 怒声が響き、通路の中から結が飛び出してきた。
 走り去る月鵬を見つけると、彼女は目にも留まらぬ速さで駆け出し、月鵬にのしかかった。
 月鵬は仰向けに倒されながら、刃物で結の首を狙ったが、その手を捕られて押し合いになる。

「この、馬鹿力……!」
 月鵬が苦しそうに呟くが、その一方で結は軽がるとナイフを押さえつけたまま、片腕を離した。腰のナイフに手を伸ばす。

 だがその瞬間、余裕しゃくしゃくだった結は弾かれて吹き飛んだ。
 ゆりの真横を通過し、通路の先で地面に一回転すると、手をついて跳ねるように立ち上がった。

「忘れてた……。オマエにはカミがあったな」
 淡々と言って、結は服のほこりを払う。
(カミ――?)

 ゆりは怪訝に眉を顰める。ゆりには、何故結が吹き飛んだのか分からなかった。吹き飛んだ結に気を取られていたので、月鵬を振り返った頃には、もうそこに異変は何もなかった。ただ月鵬がナイフをかまえているだけだ。
< 81 / 148 >

この作品をシェア

pagetop