私の中におっさん(魔王)がいる。~雪村の章~
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部屋を出て突き当たりの角を曲がると、廊下の先で激しい物音がした。
ゆりは一瞬肩をビクつかせ、そろりと足を運ぶ。
廊下の先の曲がり角を覗くと、その先にはまた真っ直ぐに伸びた廊下があり、しんと静まり返っていた。
ゆりは首を傾げながら後ろを振り返った。
そのとき頭の後ろの方から、誰かの怒鳴り声が響いてきた。
慌てて振り返ると、目線の先が通路を捉えた。
廊下の途中に、まるで隠されるように暗い廊下があったのだ。
その暗闇に満ちたような場所から、金糸が躍り出た。
「え?」
ゆりは思わず呆然とした。
糸かと思われた細いものは糸ではなく、長く美しい髪の毛だった。そしてゆりは、その髪の持ち主を知っていた。
「月鵬さん!」
「ゆり、ちゃん」
月鵬は一瞬驚いた表情をし、すぐに前へ躍り出た。
通路から矢が飛んできて、壁に勢い良く突き刺さる。
「チッ!」
軽く舌打ちをして、月鵬は苦々しく矢が飛んできた方向を睨み、そのままゆりの横を通り過ぎた。
「待て!」
怒声が響き、通路の中から結が飛び出してきた。
走り去る月鵬を見つけると、彼女は目にも留まらぬ速さで駆け出し、月鵬にのしかかった。
月鵬は仰向けに倒されながら、刃物で結の首を狙ったが、その手を捕られて押し合いになる。
「この、馬鹿力……!」
月鵬が苦しそうに呟くが、その一方で結は軽がるとナイフを押さえつけたまま、片腕を離した。腰のナイフに手を伸ばす。
だがその瞬間、余裕しゃくしゃくだった結は弾かれて吹き飛んだ。
ゆりの真横を通過し、通路の先で地面に一回転すると、手をついて跳ねるように立ち上がった。
「忘れてた……。オマエにはカミがあったな」
淡々と言って、結は服のほこりを払う。
(カミ――?)
ゆりは怪訝に眉を顰める。ゆりには、何故結が吹き飛んだのか分からなかった。吹き飛んだ結に気を取られていたので、月鵬を振り返った頃には、もうそこに異変は何もなかった。ただ月鵬がナイフをかまえているだけだ。