私の中におっさん(魔王)がいる。~雪村の章~
「なんで貫かないんだ? 倭和の屋敷ではそういう攻撃もしてきただろ?」
純粋に尋ねたようすの結をにらみながら、月鵬はゆりに一瞥をくれた。
「子供の前で、そんなグロいこと出来るわけないでしょ」
「なんだ。随分と余裕だな」
「そんなわけないでしょ!」
叫ぶと同時に、月鵬は何かを投げつけた。
それはちょうどゆりの少し先に着地し、弾んだ瞬間激しい閃光が目を覆った。
「キャア!」
思わずゆりが悲鳴を上げると、小さく囁く声がした。
「ごめんね」
「え?」
ゆりが反射的に呟いた途端、閃光は止んだ。
だが、そこに月鵬の姿はなかった。
「逃がさない!」
結は小さく叫んで、走り出した。
ゆりの横を過ぎようとしたとき、背後から間空が制止した。
「結。構わん」
結はすでに曲がり角を曲がって廊下の先にいたが、声が届いたのかすぐに戻ってきた。
間空は戻った結に一瞥くれて、ゆりをじっと見据えた。
「知り合いかな?」
「えっと……」
ゆりは躊躇った。
月鵬の事は好きだったので、彼女の不利になる事はしたくはなかったのだ。だが、言わないということは、三条の人間の迷惑にもなりそうだった。
(三条一族だけじゃない。雪村くんの迷惑になるかも知れない……)
ゆりは迷って、ちらりと結を見た。
結は無言だったが、間空が結に視線を移すと、こくんと頷いた。
「あれは岐附のオンナです。倭和の屋敷でも巻物を狙ってきました」
「巻物とは、封魔書のことか?」
「えっと、多分。名前忘れました」
「そうか」
間空は素っ気無く言って、隠されていた通路を振り返った。留火が立っていたので、おそらく間空と留火もそこから出てきたのだろう。
「お前は他の者にも報せてくれ」
「はい」
間空の命令を受けて、留火は走り去って行った。
間空はその背を見送って、結を振り返る。
「確認に行く。お前は警備にあたれ」
「はい」
結は頷いて疾風のように駆け出した。
間空はゆりを見据える。
「君も来るかい?」
「え?」
ゆりは戸惑ったが、静かに頷いた。
すると間空は踵を返して歩き出し、隠された通路へ入った。